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2008年4月30日 (水)

ヨブ記の学びから 目的は与えられるもの

ヨブ記7章から学ぶ。今回も荒川教会の「ヨブ物語」から引用させていただく。
  
 絶望した人間の決まり文句は「もはや人生には何のよいものも期待できない」ということです。しかし、その観点を変える必要があるのです。あなたは人生に何もないと絶望しているかも知れないが、あなたが死んだらあなたのやり残した仕事はどうなるのか、あなたを愛して待ち続けている子供はどうなるのか、人生はあなたが生きることを望んでいる、それを考えることが大切だというのです。それを真剣に考えたら、自己放棄はできないのだというのです。

 自分を中心に他の人間や社会に意味を問いかける人生を生きていったら、必ず行き詰まる時(絶望)が来るのです。しかし、神様や他の人間によって、あるいは生かされていること、愛されていること、使命が与えられていること、果たすべき責任があること、そのようなことを考えると、「なぜ」という人生の問題に答えが出てくるわけです。難しいことですが、ここに希望を持つために大切なヒントがあるように思うのです。

 ヨブの問題に即して言えば、神様に苦難の意味を問うのではなく、苦難を通して神に問われている(=期待されている)ということを、ヨブが気づく必要があるということなのです。

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