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2008年3月22日 (土)

こころ穏やかなとき

日差しがたっぷりあって温かに日である。一人静かに過ごしている。
熊沢義宣著「キリスト教死生学論集」を読んでいる。内容豊富な書物であるが、こころの安らぎを覚える。
神の形にかたどって造られた不死の人間が、神に逆らって死すべき者となったにもかかわらず、神はその人をこの世に誕生することを許し、死のさ中にあってもなおキリストにあって生きるように力づけておられる。キリストは「死の苦痛」を「神の怒り」をおそれつつも回避することなく真正面から受け止めたのだ。その愛の中に私たちは生きて、死ぬ。しかし、それは創造の本来の意図の完成のためである。
このようなことを読み取っているのだが、こころ休まるのはこうしたことの知的理解のためではなかろう。むしろ、生も死も神様との応答の中に位置づけられている、神に覚えられていることを熊沢氏の論文で認識させてもらった安心感によるのかもしれない。

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