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2008年3月

2008年3月31日 (月)

神様に頼る

昨日の礼拝でいただいた聖句
1:8 兄弟たち、アジア州でわたしたちが被った苦難について、ぜひ知っていてほしい。わたしたちは耐えられないほどひどく圧迫されて、生きる望みさえ失ってしまいました。
1:9 わたしたちとしては死の宣告を受けた思いでした。それで、自分を頼りにすることなく、死者を復活させてくださる神を頼りにするようになりました。(コリントの信徒への手紙Ⅱ)
私たちは大きな苦難に会うと人の限界を感じる。今回の妻の病気でも科学や統計的結果からは結果からは絶望的な結果しか出てこない。
そんな時私たちは信仰が純化される体験をする。朝晩に妻の癒されることを祈るとき、不思議にも神に頼るこころが以前に増して垂直になっている気がするのである。。

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2008年3月30日 (日)

司会者の祈り 復活節

 恵に富みたもう主なる神様。
 春の朝、今朝もこのようにわたしたちをあなたの御前に招いてくださり、こころから感謝いたします。
 どうぞこの時を聖別し、あなたとの聖なる交わりの時としてください。御霊がこの席に豊かに臨んで、私たちのこころを清め、あなただけにこころを向ける私たちとしてください。
 神様、私たちは今あなたの御子イエスの復活の喜びの中にあります。イエスは全ての苦しみを引き受けてくださり、人間と同じ死の墓に葬られました。わたしたちも自分の力では死の床に落ちることしかできません。しかし、あなたはイエスを死の墓からよみがえらせ、新しい命を与えられました。どうぞこの主イエスをわたしの救い主と告白し、永遠の命に与り、希望と信仰の道を歩むことができる私達としてください。
 本庄教会は過ぐる聖日臨時教会総会を捧げ、一年のまとめをし、また新しい年への準備を始めました。あなたの前に集うわたしたち一人一人は弱さを抱え、信仰浅く、肉体的にも多くの制限を持っていますが、それゆえにこそあなたにより頼むことができる者とされています。
 どうぞこの教会をあなたの御心の生きて働くところとしてお用いください。この本庄の地であなたの御栄を現すことのできる教会にしてください。
 神様、今年度最後の恵みの礼拝に出席できない多くの兄弟姉妹が居ることを覚えます。どうぞその御一人、御一人の上にあなたの温かな御手を置いてください。痛みをもつ者、不安の中にいる人、それらの人を支えている友、全ての人を慰め、励ましてください。
 最後にあなたの御心を取り次ぐ飯野牧師のために祈ります。どうぞ御心を豊かに取り次ぐことができますように。
 これらの感謝、願い、わたしたちの復活の主イエス・キリストのお名前によって御前にお捧げいたします。 アーメン

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2008年3月27日 (木)

洗髪

ベッドが空だったのでリハビリにでも行っているのかと思っていたら髪をぬらしたままの妻が看護師に付き添われて現れた。入浴をしたという。
ベッドに戻ってドライヤーで乾かすとさっぱりした顔の妻になった。元気そうである。
朝晩の痛み止めは使用しているというが辛い痛みもなく、食欲も出てきている。トイレにも車イスで行けるし、必要があれば立ち上がることもできる。
2回目の抗がん剤使用の副作用は今のところ特になさそうである。
頼んだものを的確に持参してくれない不満を小さな声で早口にしゃべりとおす癖は相変わらずだがしゃべる意欲もなく空を見詰めているよりよっぽどよい。

一緒に行った姉はベッドが空だったときにこまめに整えたタオル類を洗濯機で洗って、乾燥機に入れたりし、昨日もたくさんの介助をしてくれた。
わたしが小学校一年のとき高等科一年生だった姉である。76歳のはずだ。戦時下、登校には姉の転がす自転車の荷台に乗せられたのだったが、今またこうして病院にいつも同行してもらっている。肉親のありがたみを痛感する。

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2008年3月24日 (月)

イースター、おめでとう

主がよみがえられました。全ての人の苦しみを一身に引き受けて、十字架の上に身をゆだねたイエスが、その苦しみに打ち勝ってもう一度わたしたちのところに姿を現されました。主を讃え、その主に従いましょう。
  
復活祭は時をえていた。その朝わたしは不安の中にいた。妻の病状や現在の治療過程、己の置かれている状況などが記憶から消えていく不安定感に襲われていた。時間認識、空間認識などが不確かになっていたのかもしれない。
教会で兄弟姉妹と会い、交わり、献金の祈りの役を果たし、総会に出席してようやく己の姿を取り戻していった。
二ヶ月近くになる緊張状態が少しほぐれ、疲れが出て、自己が不安定になってきたのだ。妻の状態が小康状態を保っている。だが前途に安心を見出せない。その状態を一人で耐えている。ここから疲れも出たのだろう。
  
不安の夜も無事に過ぎ、こうして月曜の朝を迎えた。もう大丈夫だ。これから「キリスト教死生学」を読み、雨が上がったら病院に行こう。

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2008年3月22日 (土)

こころ穏やかなとき

日差しがたっぷりあって温かに日である。一人静かに過ごしている。
熊沢義宣著「キリスト教死生学論集」を読んでいる。内容豊富な書物であるが、こころの安らぎを覚える。
神の形にかたどって造られた不死の人間が、神に逆らって死すべき者となったにもかかわらず、神はその人をこの世に誕生することを許し、死のさ中にあってもなおキリストにあって生きるように力づけておられる。キリストは「死の苦痛」を「神の怒り」をおそれつつも回避することなく真正面から受け止めたのだ。その愛の中に私たちは生きて、死ぬ。しかし、それは創造の本来の意図の完成のためである。
このようなことを読み取っているのだが、こころ休まるのはこうしたことの知的理解のためではなかろう。むしろ、生も死も神様との応答の中に位置づけられている、神に覚えられていることを熊沢氏の論文で認識させてもらった安心感によるのかもしれない。

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2008年3月21日 (金)

水仙が咲いたよ

三日ぶりに面会に行ってきた。
今朝、血液検査をしたそうだ。肝臓、腎臓とも問題ないとのこと。骨髄反応も出ていないのだろうか。ひとまず安心だ。
だるさがあるという。わたしもインターフェロンを打っているとき体のだるさには悩まされたからこのつらさは分かる。
二時からリハビリがあって別室に行ってしまったので帰ってきてしまった。
  
面会に行っても愚痴が多い。先日伊予甘を若いものに頼んで持っていってもらったのだがスカスカになっていて美味しくなかった。捨てちゃった、と言う。
50日近く一人で狭いベッドの上で生活していると愚痴も言いたくなるのだろう。
そんなことを言われながら息子は先日庭に咲いた沈丁花と美山つつじをカップに差して持って行った。そして、庭の隅に水仙が咲いたよ、と教えたらしい。
いやみを言われながらもこうして家の小さな動きを伝えることが今必要なのだろう。

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2008年3月19日 (水)

疲れ

祈りの会を休む。疲れが蓄積している感があるからだ。
一昨日夜、医師から抗がん剤治療の説明を受けた。そして昨日から治療を開始。カルボプラチンとパクリタキセルを使う。医師からは骨髄抑制他の副作用について説明があったが昨日はいたって元気。
娘と一緒に面会に行き、一時を過ごす。
副作用はこれから徐々に現れるだろう。軽く済むことを祈る。
  
朝の祈り。
主なる神様。御子イエスの受難の時を迎えています。あなたの御子イエスは十字架を避けることなく苦しみを身に負われ想像を絶する苦しみと痛み、屈辱にご自身をさらされました。かくまで苦しみを負って私どもの救いを完成されました。
今妻は苦しみの最中にあります。どうぞあなたを信じる信仰をいただいている妻をあなたが引き受けてくださった痛みで癒してください。わたしも子どもたち一人一人も妻が母がもう一度家に戻ることを願っています。
どうぞ恵の主よ、あなたが全ての痛み苦しみをお引き受けくださったのですから、そのあなたを救い主と信じ、従うわたしたちの悲しみ、苦しみをもうこれ以上大きくしないでください。
御子と神、聖霊に栄光がありますように。

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2008年3月16日 (日)

0から2へ

妻はわたしの生活を全面的に支えていた。食事から地域との交わり、健康管理までみんな彼女がやっていてくれたのだ。わたしの障害ゆえにできないこと、いわば(-)を持ち前のバイタリティーで補っていたといえる。だからわたしの-は家庭の中では彼女のお陰で0になっていたのだ。
ところが今回彼女も-を背負うこととなった。すると今まで子どもたちにとって0だった負担が急に-2となって表面化してしまったのである。
子どもたちはかいがいしくこの負担を負ってくれている。
退院できたらこの-はもっと現実化してくるであろう。介護保険を検討する時期が来たのかもしれない。

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2008年3月14日 (金)

雑用と本業

西日本から雨になっているという。今は当地もすっかり暗くなってきた。
今日は会いに行く日だ。正午ごろ少し日が射してきたので、よし、とばかりに何も持たずに病院に向かった。
窓際のベッドに代わってやや広くなった空間にちょこんと座って妻が居た。やや痩せたようだが元気だ。
いろいろ持ってくるものを頼まれた。すぐに手帳を出してメモする。テレビカード(これは先日行ったときに頼まれて談話室の前で買ったのだが渡さずに帰ってきてしまったもの)、日記用の小さな手帳、パンツ型のおむつ、レモンティー、梅干、髪を結わえるゴムひも。
雨が心配なので小1時間いて帰ってきた。しっかり手を握り合って。
家に帰りさっそく頼まれものを用意する。
  
朝はズボンが切れてきたので新しいものを用意したのだが少し長すぎる。スーパーの隣にあるクリーニング屋さんで寸法直しもやっているから持って行って頼まねばならない。どこまでつめてもらうか、その目印をつけた。入れる袋を探し出すのも一仕事である。
  
こうして今までは妻がやってくれていた「雑用」がわたしの日常の生活で大きなウエイトを占めるようになった。もうこれを「雑用」と言うのは止めにしよう。これが生活というものなのだ。
それにしても妻が日記を書こうという気持ちになれたのはうれしいことだ。

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2008年3月13日 (木)

内科へ移動

昨夜医師に会う。抗がん剤治療について説明を受けた。腫瘍の縮小と今後の新たな転移を抑えるために行うとのこと。
病室に帰って妻と話し、これを受けることにした。ただし副作用の大きさ、治療の結果によっては治療計画を再検討し、QOLを主とした療養生活を考える。
昨日は風呂に入り、洗髪もしたとかでさっぱりとした表情だった。
  
もう一度家に帰り、一緒に朝食をとり、昼食に得意のラーメンを作ってもらい、煮物のおかずがテーブルに並ぶ夕食を食べたいと切に願う。夜、トイレに起きると隣に妻が居る、そんな生活が欲しい。
朝食前、大きな声を搾り出してそう神に祈った。

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2008年3月11日 (火)

主よ

妻から電話があった。電話ができるようになったのだ。リハビリの帰りだよ、と妻は言った。そして、明日5時半に先生の話があるって。来られる?と続けた。
抗がん剤の話だろう。医師の判断に従う決心はついている。もう何も言うまい。
症例的には厳しいことは承知している。主に頼るほかない。主よ、助けたまえ。

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2008年3月10日 (月)

一日が終わる

雨の朝だった。今日は面会に行けないと諦めた。
ゆっくりパンの朝食をとり、新聞に目を通すともう10時。ヤクルト配達のおばさんがやって来た。椅子に座ったままガラス戸を開けて話しながらヤクルトを受け取る。
食器を車イスで流しまで運んで書斎に入る。補完代替医療について調べる。その後教会の壮年会の資料を作成しているともうお昼だ。
お湯をかけるとおかゆになるインスタント食品で済ます。
雨が上がってきた。姉が病院に行くなら一緒に行くよ、と電話をくれる。
いつものようにベッドで額にタオルを乗せて寝ていた。タオルをぬらしてきてと頼まれる。
家に居る時と違い覇気がない。でも廊下を看護師さんに助けられて少し歩いたと話してくれた。40何日ぶりかの歩行である。
昨日の礼拝を録音したテープとテープコーダを渡す。
家に帰りハルを駅まで送り、その後は大相撲を見てママが帰るのを待つ。
温かな夕ご飯をいただき、鶴瓶の「家族に乾杯」を見て、もうこの時間。
バレーボールの練習とテニススクールで家には誰もいない。風呂に入って寝よう。
今日も一日が無事終わる。
主に感謝の祈りを捧げる。

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2008年3月 9日 (日)

試みと恵み

礼拝に参加。大きな喜びをいただく。
聖書はヤコブの手紙一章12節から18節とマタイによる福音書四章1節から11節。
試練は主から与えられるもの、それを荒野のイエスを試みた悪魔のようにこの世の力にすがって取り除こうとすることは主の御心にそぐわない。
試練(これは誘惑と同じ原語)には神様の御心がある。だから信仰に留まることを主は欲しておられる。病に会うともう信仰を持っていても無力だと思う誘惑に駆られるが、主を信じ、この困難を通して与えられている試練を耐えて、良い贈り物、完全な賜物、命の冠をいただく者となろう。

1:12 試練を耐え忍ぶ人は幸いです。その人は適格者と認められ、神を愛する人々に約束された命の冠をいただくからです。
1:17 良い贈り物、完全な賜物はみな、上から、光の源である御父から来るのです。御父には、移り変わりも、天体の動きにつれて生ずる陰もありません。
1:18 御父は、御心のままに、真理の言葉によってわたしたちを生んでくださいました。それは、わたしたちを、いわば造られたものの初穂となさるためです。

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2008年3月 7日 (金)

泣くな、chacchan

おしっこ袋を付けていたよ、と息子が昨夜帰ってきて言った。「明日まで付けてるんだって」。
腎臓の機能を検査しているのだ。抗がん剤を使うと腎臓に負担がかかるからである。
この検査の後に脳のMRI検査もするという。
今日午後面会に行こうと思うのだが、もしかしたらMRIの時間にかち合うかもしれない。

用意してもらったパンの朝食を皆が出かけた後いただく。その前に神に祈る。声に出して、祈る。どうぞ妻を再び家庭に帰してください、一緒に朝食をとることを許してくださいと祈る。祈っていると喉が締め付けられ、涙声になる。これはベッドで祈るときも同じだ。
実姉と面会に行き、帰り道姉が「Tちゃんはやさしいね」と息子の介護の様子を褒めてくれても返事をしながら喉が詰まってくる。
最近は涙もろくなっている。泣くな、強く居ろ、chacchan。
  
昨日、確定申告を済ます。

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2008年3月 6日 (木)

昨日のこと

姉と面会に行く。左目の上にいつものように濡れタオルを乗せていた。光がまぶしいのだという。微熱もある。
痛みはそう強くなく、ペースト状の痛み止めを使う頻度は減っている。ご飯は全部食べるとのこと。味にうるさい人だからおかずは気に入らないと食べないらしい。
相変わらずベッドの上の生活だけ。本を見るわけでもなく、日記もかけない。もっぱらラジオだけに頼る日々だ。家にいれば常に動き回っていたのにもう一か月、ベッドの上だけの日を送っている。どんなにかつらいことだろう。
内科の診察が終わらないと治療方針が定まらないとのこと。夜に面会した息子の話では明日は腎臓の検査、その後には脳のMRI検査が予定されたという。腎臓検査は抗がん剤に耐えられるかどうかを見るためだから分かるが、脳のMRIは不気味だ。悪い結果は考えたくないが転移の有無を見るためだろう。
洗濯物を受け取り、ふりかけと電池を持ってくることを約束して帰ってきた。

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2008年3月 5日 (水)

こころみに会わせず

 今回は「我らをこころみにあわせず、悪より救い出したまえ」について塚本虎二著「主の祈りの研究」から学びたい。
 氏は「第六の祈りは、自分の無力を知った子が父の保護を願う祈りである」という。
 ではここでいう「こころみ」とは何であろうか。「原語のパイラスモスは英訳ではtemptationの一語で訳されているが、わが協会口語訳では試み、誘惑、試錬等の語を以て訳されている。パイラスモスには普通二つの意味があるとされる。第一は「誘惑」で、恵に誘い惑わしてこれに導き陥れることを言い、悪意の目的で人の前に躓の石を置き、あるいは特別の苦痛または快楽を以てその人を虜にしまうとすることを言う。(略)。第二は「試錬」、英語のtrialであって、人を試験し、修業、錬磨せしめる善意の目的で、歩行困難な険路に立たせることを言う」。
 こうして「こころみ」が「誘惑」、「試錬」の両方の意味を持つことが分かったのだが塚本氏は「罪の刺がいかに恐ろしいものであるか、悪魔の術策がいかに巧妙であるかを知り、また、自分がいかに弱く、いかに力なき者であるかを知る者にとっては、誘惑と試錬との区別はない」という。そして「私たらを不信と罪とにさらす危険をはらむ凡ての事件、立場、環境が、ことごとく恐ろしい誘惑である。だから私たちは父なる神に、すべてこんな危険に会わせ給うな、と祈るのである」と説く。少しの成功で自らを誇り、妻の三度の癌罹患にさらされている私にはこの言葉は時を得ている。私は今、「絶対的無力」を告白して以下の祈りを己の祈りとして主の憐れみを乞いたい。
 「『神様、私たちは弱くあります。無力であります。じきに悪魔の誘惑に敗れてしまいます。だから、もし御心ならば、どうか平坦な道を歩かせてください。あなたの愛を疑い、罪を犯すような危険に会わせないでください』と祈るのである。父なる神に対する祈りであるから、子供らしい願でなければならない。深い信頼の発表でなければならない。すなわち自分の絶対的無力の自覚を前提とする。日毎のパンを求め、過ちの赦しを乞うのと同じ子供心を以てする祈りでなければならない。」

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2008年3月 3日 (月)

病室で祈る

二日続けて行かなかったから今日はどうしても行かねばならなかった。一昨日は息子が二人東京から来てくれたし、昨日はばあちゃんにもらったお金で自転車を買ったことをヒカちゃんはママと一緒に報告に行ったから一人にしておいたわけではないのだが、やはりわたしも極力会いに行きたいのである。
雨が心配なので早めに行った。光が目にうっとうしいと言って左目の上にタオルを乗せていたが案外元気だった。食事はあまり取らないようだ。しばらく病室のことや家のこと教会のことを話して別れてきた。
別れ際、祈りを捧げた。二人で祈るのは4週間ぶりのことである。
病気の性質や経過、地方病院の能力を思うと祈りを捧げていてもどこかに治癒への限界を感じつついるのだが、最近は主の力、恵みを優先して祈れるようになった。疑わず祈る、これが信仰だろう。

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2008年3月 2日 (日)

ライアン、哀れ

妻がいなくなってライアンは一日中一人(?)で過ごす。昼と夕には決っておしっこや散歩のお相手をしてもらっていたのになんとも可哀相である。
ライアンは台所のドアの下の地面につながれている。車イスで朝食の食器を流しのボールに入れようとして音を立てると、すぐさま誰か居ることを感じ取ってクンクンと甘える声で鳴く。

今朝は無視するのも哀れなのでドアを開けて、「ライアン」と呼びかけると階段を上って台所に入ってしまった。頭をなで、背中をさすってやるとおとなしくなすがままにされている。

鎖が短いので入れたままでドアを閉めるわけにはいかない。寒くなるのでライアンを外に出そうとし、背中を押すのだが頑として動こうとしない。ズボンにはライアンの毛がいっぱいついてしまう。しかたなし私はちょこんと座っているライアンを残し、その場を離れて様子をうかがった。

庭に出たようだ。急いで車イスをドアいっぱいに近づけ、手を伸ばしてドアノブを引いた。

ライアン!もうしばらく我慢してね。

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