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2008年2月

2008年2月29日 (金)

再度の転院

F総合病院に戻る。
いつもながらの入院手続き行う。看護師と医師に抗がん剤を使用するにしてもADLを大切にし、妻の今後の生活を重視した治療を受けることを望んでいる旨を伝える。
丸山ワクチンを使用することも希望した。
来週になるが内科の医師と治療方針を相談し話し合いのときを持つと外科のY先生は言ってくれた。
今日も長男、実姉の世話になる。

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2008年2月28日 (木)

よい子どもたち

娘がやってきた。お昼の寿司とサラダを持ってやってきた。お茶を入れ、一緒にいただいて、洗濯物を持って病院に行く。
今しがた教会の三人の姉妹が帰ったところだと妻が言う。カーテンを閉じて娘は妻の体の世話をした。ごく自然にやっている。
長男が仕事の合間にやって来たので約束してある医師との面会を行う。
放射線の効果が出てきたようで痛みがやわらぎましたねと医師が切り出した。放射線は29日で10回になるのでここで打ち切りにするという。これ以上照射すると臓器に悪影響が出るのだそうだ。がん細胞のDNAを破壊し効果をもたらしたとも言った。今後は抗がん剤で腫瘍の治療を行い、同時に転移を防ぐことになるでしょうが、それは前の病院で担当医と相談してくださいとやわらかい声で遠慮がちに話してくれた。
29日、朝一番で当日の照射をすること、以前の病院に再度入院することの連絡をいれることを約束して医師と別れた。
病室には教会のT夫妻が二度目の面会に来てくださっていた。庭に咲いた沈丁花の枝と小さな花瓶を用意して。
妻と29日に長男の車で移動すること、その日に着用するズボンと下着を明日持ってくることを約束して家に向かう。
夜になって次男、三男から電話が入る。娘からも今帰ったよとメールが届いた。「来てくれ、ありがとうね。お母ちゃんもうれしかったと思うよ。」と返事を書く。
子どもたちが皆母を心配して気遣ってくれている。よい子どもたちを持っていることを実感する。

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2008年2月27日 (水)

HPを更新

「光についての四つの話」その2を「こころの便り」http://homepage3.nifty.com/bridge2/349.htmlに載せました。
妻の今回の病気発症の前に書いたものです。「その3」はいつになるかわかりません。
早く落ち着いてエッセイを書くことができたらいい、そんな思いでいます。

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2008年2月26日 (火)

主よ、あなたはおられます

眼科、内科を受診。リュウマチの心配は現時点では薄いとのこと。
妻の今後の治療について外科でドクターに聞く。抗がん剤の治療とリハビリを予定しているという。
役場に重度障害者医療費補助の書類を出し、午後四時に家に帰る。
妻は3週間ぶりに風呂を浴びたという。立つこともできたと長男から聞く。
今日はそのうれしい姿を見に、姉と面会に行く。
  
朝晩ベッドで祈る。神様、あなたはおられます。あなたはおられます。そう声に出して祈る。

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2008年2月24日 (日)

礼拝

思いがけず雪が残る朝になった。だが礼拝に行くことに躊躇はなかった。礼拝で恵に与りたかったのだ。
詩篇84が今朝の聖句。
84:6 いかに幸いなことでしょう/あなたによって勇気を出し/心に広い道を見ている人は。
84:7 嘆きの谷を通るときも、そこを泉とするでしょう。雨も降り、祝福で覆ってくれるでしょう。
84:8 彼らはいよいよ力を増して進み/ついに、シオンで神にまみえるでしょう。
私(達)は日々の旅で苦しみ、疲れ、悲しんでいる。だが主はそこを泉にしてくださる、祝福で覆うとおっしゃる。旅の終わりにはシオンで神にまみえる。
今朝の礼拝でいただいた恵の力を盾にこの一週間をまた過ごしていこう。そしてまた嘆きがあったら次週の礼拝に携え持ちいこう。

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2008年2月21日 (木)

共にいるだけでいい

一人で昼食をとってパソコンに向かっている。電話で姉と話しただけで今日はまだ人と話してもいない。
昨日姉と病院を訪ねた。痛み止めの薬がまた増えたと言っていた。面会中に膀胱炎の検査のために採尿をさせられたり、初めてだというが体を拭いてもらったりしていた。だが放射線の効果はまったく分からない。
長い入院と痛みで明るさが消えているように見える。小声でよくしゃべるのだが力がないのだ。
2時間ほど傍にいて帰ってきた。
一人になると二人でいるときの充足感が懐かしい。何もなくても、何をしてもらわなくても二人でいることがどんなに素晴らしいことかを今痛感する。

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2008年2月20日 (水)

ぼたん付け

いつも着ているジャンパーのボタンがまた取れてしまった。なぜかこのジャンパーのボタンは取れやすい。
不自由な目で妻が付け直してくれるのが常なのだが今朝は自分でやろうと寝室を離れるときに裁縫道具の入ったひきだしを居間に持ち出してきた。
朝食を終わってさて付けようと引き出しの中を見るとミシン道具はいろいろあるが肝心の縫い針や糸がない。ベッドの上に上がらないとひきだしを交換できないので今日はぼたん付けを断念。
靴がひび割れてきている。ぼたんが付けられないなら靴磨きをしよう。そう決めて下駄箱を開けたがたくさん靴ばかりあって靴クリームがない。きっと頭上の扉のなかにあるのだろう。こうして靴磨きも諦めた。
姉が一緒に行ってくれると言うので午後は面会に行く。もう11時、1時間後には形だけの昼ごはんを食べねばならない。
今日もこうして一日が過ぎていくようだ。

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2008年2月19日 (火)

寒い

寝ていても寒さに目覚める。気温の低さだけではないようだ。緊張のためかもしれない。
昨日妻は転院した。そして第一回の放射線治療を受けた。痛みにはモルヒネも使ったという。
娘が来てくれた。長男が休暇を取って退院、搬送、入院を全てこなした。
夕方わたしも行って、二人の主治医と面談した。放射線が今取るべき処置だということは前病院と同一の意見である。仙骨の破壊を少しでも減らして痛みを取り、できれば家庭に帰ることが治療の上でも大切なことだと言ってくださった。
病院側は前病院から放射線を依頼されたことを前面に出し、2週間後は前病院に戻ることを考えている。わたしたちはこのまま現病院におけるケアーを要望した。これに耳を傾けてもくださった。
妻は移動や新しい環境で疲れたのかもしれない、元気のない表情で食事も取らず私たちを送り出した。

午前姉の介助を受けながら、胃カメラ、エコー、血液検査を受けたが肝臓、胃とも問題はなかった。肉親のありがたさをつくづく思う。

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2008年2月17日 (日)

祈り、放水のごとし

礼拝に参加。
多くの姉妹、兄弟が妻の快癒を祈っていてくださることを知る。名前を挙げて祈ってくださっている。
KUさんは客員だが東京の母教会の牧師に祈りを頼んだという。すると40名の会員が皆で祈りをあわせましたと返事をいただいたとのこと。
病気のために礼拝に参加できないSAさんからお手紙をいただいた。そこにも主に日に何度も祈りを捧げています、と記されていた。
出初式の放水のように天に向けてたくさんの祈りが放たれている。
神様、どうぞこの祈りをお受けください。
  
妻の姉が見舞いの帰途寄ってくださった。何品かの煮物を持って。
昨日は松戸に住む弟夫婦が病院を見舞ってくださった。
感謝。
 

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2008年2月15日 (金)

午前4時

午前4時少し前に目覚めその後寝られず。5時かなりまわった頃まで起きていたことだろう。昨日のことが不安をかき立てこころ乱していたのだ。
昨日は午前中はI市民病院に行った。たくさんの資料を持って放射線科に転院の診断を仰ぐためである。幸い月曜日からの入院を認められ、そこで放射線治療を受けられることになった。
ただ入院期間は2週間だという。その後はまた現病院に戻って治療を受けてくださいとのことだった。
このことは現在の病院の医師からは聞いていなかった。放射線で少しでも痛みをとり、元の病院に戻るということだが、ではその後の治療はどうなるのだろう。腰に癌を抱えたままで生活していけということなのだろうか、治療の限界に来ているということか、こんなことを反芻するごとく考えると眠れないのだった。
友人のHさんから紹介された丸山ワクチンのことを医師に言い出す場がない。早く使いたいがいかんともしがたい。
  
午後は姉に手伝ってもらって病室を尋ね、看護師に午前の経過を報告し、搬送の手続きを支援センターに申し込んだ。
妻はベッドに敷くタオルが家からなかなか届かないことに不満をもらした。ずっと一人でいると不満を投げつけるところもないのだろう。
  
今日は疲れを感じるので病院に行かない。
先ほど大声で祈って、朝食をとったところだ。大声で祈ると落ち着く。
今日もすべて守られますように。

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2008年2月14日 (木)

初体験

前回の妻の入院の時も同じタイトルで書いたかもしれない。妻の不在はそれだけわたしの生活を変えるのだ。
昨日はATMなるものの操作を初体験した。入金だけだし、紙幣のみだったので最も簡単な操作かもしれないが今まではこれさえもしたことがなかった。
前面表示板に入金を示す表示があったのでそれを指で触れたが何の変化もなかった。単なる案内で操作盤ではなかったのだ。
眼前の下の指示に従ってやってみた。何度も紙幣を正しく入れてくださいと要求された後、通帳をお返しします、と出て、入れた通帳が戻ってきた。なんと紙幣を縦に入れたのがいけなかったのだ。今度は横にしてみたら通帳の処理の音がカチャカチャと鳴って、無事に入金が終わった。なんだかうれしくなった。
もうじき税金の確定申告がある。これも自分でしなければならない。習うべきことがいっぱいある。パソコンや読書ばかりしていられないなぁ。

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2008年2月13日 (水)

一休み

今日もこれから病院に行く。転院先のことで医師と相談しなければならない。なかなかはかどらないので心配である。

今日は病気のことから離れて先日書いた石井桃子氏のことを載せることにする。
  

 先日石井桃子さんが朝日賞を受賞した。おめでたいことである。私はこの話に接し60年ほど前のことを思い出した。

 中学1年生の時だったかもしれない。「ノンちゃん雲に乗る」をわくわくしながら読んでその感想を石井さんに送ったのだ。しばらくして出版社から「小さい牛追い」2巻が送られてきた。注文もしていない本が送られてきて私は不安になった。そして再度石井さんに手紙を書いたのだった。すると今度は石井さんからおハガキが来た。忙しさのあまり、お返事が書けなかったので本を送りました。面白かったよ、楽しかったよと感想をもらうことはとても嬉しいことですと書いてあった。インクの太い字が石井さんの優しさを表していた。

 このハガキはその後私について回ったが教職にあるとき文化祭で「私の宝物」として展示したのを最後にどこかに姿を消してしまった。  しかし本を楽しみ、感想を書く習慣は今でもしっかり私の中に残っている。

 石井さんは私のような人を数え切れないほど育てたことだろう。

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2008年2月12日 (火)

緊張の日々

日々緊張の中に生きる。くつろぎが少ない時間を過ごしている。もっと力を抜いて生活したい。
昨日整形外科の医師に面会。仙骨への転移の場合手術は行わないのが常道であると聞く。してはいけないのだそうだ。手術は体への負担が大きく、メリットはないらしい。放射線で痛みをとり、歩行を取り戻す、これが取るべき手段であるとのこと。生命への危険が生じているわけではないことも確認する。
多くの方の見舞いを受ける。弟夫婦、姉、妻の姉、兄、生協関係の方。面会する方と妻は休まずしゃべる。寂しいのだろう。
しゃべりながらも痛む足を上下し、屈伸させている。痛むのだ。
  
昨日は暖かな日だった。家では若いものが蒲団を干し、シーツを洗い、部屋を整えてくれた。孫たちは夜遅くまでバレンタインデーのチョコレートつくりをする。
時間が空くとわたしはDSでゲームをしている。緊張から解放され、熱中できる唯一の方法である。
  
聖日には息子の世話になり礼拝に出席。KOさんが礼拝後、妻のために祈ってくださった。その間KUさんは私の手を取り、泣き続けられた。主に祈りが届くように願う。

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2008年2月 9日 (土)

祈り

仙骨と骨盤に転移しているという。多臓器や数箇所の骨に転移してないのが幸いだった。切除はできないという整形外科の意見を取り入れると放射線治療しかない。現在の病院では放射線施設が整備中で使えない。他のところに移らねばならない。他に行けば、もう一度診断をやり直すことにもなるので治療法についても新しい所見が出るかもしれなく。むしろ移ることがよいだろう。
在京の娘と息子に電話する。半年あまりの期間で転移とはと二人も驚く。息子の怒り、娘の涙がよくわかる。
連休明けにI市民病院に診察に行こう。
痛がる妻を移動するのは忍びないが、最善の方法を探してそうする外ない。

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2008年2月 8日 (金)

医師の呼び出し

今夕医師から諸検査に基づく結果が伝えられる。昨夜その連絡があった。昨日も病院に行き、面会をした。家にいるときより顔が穏やかなので痛みについて聞くと、相変わらずあるという。
面会に行くのはよいのだが駐車場から病室まで転ばないように気をつけるのが大変である。すっかり疲れて眠りにつくのは早い。
だが、一度目覚めると今日の医師との面会が気になり、なかなか寝付けない。
悪性骨腫瘍と伝えられるだろう。これに多方面から的確に対処できる病院が近隣にあるのかどうか。今後家に帰れるのか、心配は絶えない。
また医師には不快な気持ちを抱かせるかもしれないが疑問を率直にぶつけてみよう。

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2008年2月 6日 (水)

主よ、慰めを

昨晩医師から癌の疑いを示唆された。CT画像の上での判断である。言葉がない。
  
ヨブ記を読む。
1:1 ウツの地にヨブという人がいた。無垢な正しい人で、神を畏れ、悪を避けて生きていた。
1:9 サタンは答えた。「ヨブが、利益もないのに神を敬うでしょうか。」
ヨブは牛、ろばを略奪され、牧童を殺される。
羊も羊飼いも焼け死んでしまう。
子息、息女は死む。
1:20 ヨブは立ち上がり、衣を裂き、髪をそり落とし、地にひれ伏して言った。
1:21 「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ。」

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2008年2月 4日 (月)

妻の入院

トイレから這って出てくる妻は余りにも痛々しかった。1晩中眠れず、トイレに行くと生じる痛みが怖くて妻はおののきながら夜を明かしたという。
もう家では限界と判断して入院することとなった。妻のいない家で、病院に向かった長男と妻の様子を気遣い私は何も手が付かない。
長男が入院手続きを終えていったん帰宅したので私も先日から気になっていた指のこわばり-リューマチの初期症状-の診断を仰ぐべく病院に行った。そして、指のレントゲン写真、血液検査などを受けた。
その時、私は共に病む立場、病院という同じ環境に身をおいていることに落ち着を覚えた。相手と同じ地平にいることから得られる平穏さが私を支配していた。そしてふとイエスが自らを低くされて、貧しい人々、苦しむ人と共におられ、十字架に付けられ時のお気持ちはこれに似たものだったかもしれないと考えていた。

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2008年2月 2日 (土)

神様は不公平

昨日教会の姉妹が妻の様子を心配してたずねてくださった。おにぎり、焼きまんじゅう、果物それに足利の最中を持ってきて「食べるものがないかと思ってさー」と言いながら部屋に入ってこられた。「奥さんが1番教会に奉仕をしているのになんでこんな病気になるのかね?」「神様は不公平だねぇ」などと言いながら今日妻に与えられている会堂掃除の役を代わってくださる約束もしてくださった。
事実妻はよく働く。集会が終わって茶道具などを片づけろにも最後まで残っているものの中に必ず妻がいるし、婦人の会の奉仕も積極的にやっている。また教会から帰る時は何枚かのタオルを持ち帰り洗濯を家でする。
訪ねて下さった姉妹のおっしゃることは冗談であるが、私はこの言葉から旧約聖書に出て来るヨブのことを思い出していた。ヨブは神様の忠実なしもべであったが彼の体には腫れものができ、人々には嫌われ、また家族は次々に病に侵されていったのである。ヨブは何度も神様になぜ私のこの苦しみにあわねばならないのですかと問いただした。
私も神様に問いたい。なぜ妻は2度も癌に襲われ、そして今激痛に耐えねばならなのですかと。
妻は今、嫁の介助でCTをとるために病院にいる。病院内でも介助なしでは移動は難しいと判断したから私でなく嫁に行ってもらったのだ。普段なし得ない介助と介助されるもののよい関係が与えられているかもしれない。

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2008年2月 1日 (金)

手紙の整理

抽斗がいっぱいになってしまった。手紙を無造作に入れていたからである。
入れたままで改めて取り出して読むことなどしないのに手紙には送り手のぬくもりがこもっているような気がして捨てられないのである。
昨日は思い切って整理し始めた。田舎に帰ってからの10年間の手紙を捨てられるものは捨てようとしたのだ。
だが読み始めるとなかなか簡単には整理できない。「こころの便り」を受け取って感想をていねいに書いてくださったもの、家庭の問題を便箋に数枚書いて相談してこられた方のもの、職場の仲間の近況を伝えてくださったもの、どれもどれも尊い。
同じ方からの手紙も十数枚もある。
それらの中に私が退職の挨拶を書き送ったときに返事を返してくださったものがある。在職時の働きへの感謝と定年後の生き方をサジェスチョンしてくれているものである。
これだけは記録して保存したい。
また今日も手紙とのにらめっこが続く。

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