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2008年1月17日 (木)

働きたいけれど休み

時々出合う詩を紹介しよう。私は出合うごとに慰められ、肩を軽くされ、自分を取り戻す言葉をいただいた思いにされる。
いつも「価値ある業」をしていないと時間を浪費していると悔やみ、そんな自分を軽視し、その結果疲れ、あせっている自分。その自分に今日も生かされている豊かさを教えてくれ、そのままでいいんだよと言葉をかけてくれる、そんな詩である。

ゆっくりとお読みいただきたい。なお、引用は土井常子著「めぐみの鐘」から。
 
最上のわざ
――祈り
 

この世で最上のわざは何?

楽しい心で歳をとり

働きたいけれど休み

喋りたいけれども黙り

失望しそうな時に希望し

従順におのれの十字架をになう

若者が元気いっぱいで

神の道を歩いているのを見てもねたまず

人の為に働くよりも謙遜に人の世話になり

弱ってもはや人の役に立たずとも

親切で柔和であること

老いの重荷は神のたまもの

古びた心にこれで最後のみがきをかける

まことのふるさとへ行くために

おのれをこの世につなぐくさりを

少しつつはずしていくのは真にえらい仕事

こうして何も出来なくなれば

謙遜に承諾するのだ

神は最後に一番よい仕事を残してくださる

それは祈りだ

手は何も出来ない

けれども最後まで合掌できる

愛するすべての人の上に

神のめぐみを求めるために

すべてをなし終えた臨終の床に

神の声をきくだろう

「来よ わが友よ われ汝を見捨てじ」と

       (作者不詳)

    H・ホイヴェルス「人生の秋に」より

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