« 2007年12月 | トップページ | 2008年2月 »

2008年1月

2008年1月30日 (水)

読書の時間

もう昼になってしまった。今朝は妻の痛みがひどく、朝から整形外科に出かけたからだ。注射をしたりリハビリをしたりするとゆうに30分はかかってしまう。駐車場でその間待つのだが寒いときはアイドリングしたままでいる。小さな駐車場で近くにはアパートもあるので気にしながら待つのもつらい。そんな時は近くにあるスーパーの駐車場に移って待つことにしている。
今朝は暖かいのでエンジンを切って医者の駐車場で待った。待つ間、先日から「カラマーゾフの兄弟」を読むことにしている。ミーチャが父親殺しの嫌疑をかけられて審問を受けている場面を読んでいるところである。この小説は展開が遅いし登場人物が多く、しかも主題が分かりにくいのでもう読むのをよそうと思ったのだが、私の悪い癖で名作と言われるものを途中で投げ出すことができない。そこで思いついたのが今朝のような待ち時間を利用することだ。何もしないで待つよりもずっといい。お陰で第三巻がもう少しで読み終わる。

| | コメント (0)

2008年1月29日 (火)

重荷

昨日は一日外にいた。パソコンに向かう時間も取ることができなかった。それは妻の診察に長時間を要したからである。
10時に家を出て病院に送った。私は近くの姉の家で診察の終わるのを待つことにした。ところが2時間待って入った連絡はまた順番が来ないからお昼を先にいただいておいて、ということだった。炬燵で姉と義兄とで四方山話をしながらその後も連絡を待ち続けた。
ようやく3時になって「終わったよ」とのこと。姉が病院に迎えに行ってくれたのだがこれだけの時間を費やしたのは医師の昼食時間を含めた待ち時間のためだったという。
持参したMRIの画像の診断はできず、もう一度日を改めてCTを取るとのことだった。
痛みを抱えたままどう待っているのだろう、新たな患部が見つかったのではないかと心配しながら炬燵にいたのだがこんなことで一日が過ぎた。
帰宅してからハルをテニススクールまで一時間かけて送り、夜はDSとテレビで過ごし、早めにベッドに入った。
私の胸の違和感や手指のかすかな痛みも診察してもらおうと思いつつも今はそんな気にもなれない。
生活に重荷を常に抱えている感じの70代の日々である。

| | コメント (0)

2008年1月27日 (日)

司会者の祈り

 全てのものの造り主なる主なる神様。
 寒さの厳しい冬の朝ですが今朝もこうして私たちはあなたの招きを受け、恵みをいただき、あなたの家である教会に集わせていただきました。あなたの御手が今日も私たちの上に置かれていることに心から感謝したします。
 どうぞこの一時を聖別し、私たちがあなたを仰いで礼拝を捧げるときとしてください。どうぞここにあなたが臨んで、あなたの御心を私たちに示し、豊かに、確かにあなたと共にいる喜びを私たちが知ることのできる時としてください。
 神様、私たちはいろいろの弱さ、痛みを抱えています。悩みを持っています。そのためにこの礼拝に集えない友もおります。生活の心配、家族の者の将来、自らの体の苦しみ、行き先の不安、これらのために苦しんでいます。御心でしたらこれらの苦しみから救ってください。痛みを癒してください。
 しかし、ここにあなたの恵が十分に現されているのでしたらどうぞこの苦しみをあなたの業のために用いてください。ここに主の栄光を現してください。あなたを信じる兄弟姉妹として互いに苦しみを負い合い、分かち合っていける教会としてください。
 教会は一年の終わりの時を迎えています。あなたに導かれ、抱かれてこの一年を過ごすことができ感謝いたします。どうぞこの時に今年を顧み、いただいた恵に感謝し、また私たちの不十分さを謙虚に反省することができますように。
 最後に今日もあなたの御心を取り次ぐ師のために祈ります。どうぞ聖霊を下し、御言葉を大胆に取り次ぐことができますように。
 これらの感謝、願いをわたしたちの主イエス・キリストのお名前によって御前に捧げます。 アーメン

| | コメント (0)

2008年1月25日 (金)

「夜スペ」という怪物

東京・杉並区の和田中学校で「夜スペ」が始まるとマスコミは伝えている。現代社会の中では教育界にも既成概念では理解に難しい怪物が登場してくるものだとつくづく思わされる。
学校を使って、予備校の講師が、成績上位者を対象にして、しかも地域の保護者のバックアップの下に授業料を取って、教員とも連携して授業をするというのだから新恐竜のようなものだと言ってもいいだろう。
これにはいろいろの批判や肯定意見があるだろうが私はこんなことに危惧を感じる。
①生徒間の差別意識を助長しないか。
②学校への信頼が薄らぐことはないか。
③和田中学校の教育課程は夜スペとどう関連しうるのか。
一方でこんなことが行われることの素地は現代社会には十分にあるとも言える。成績中心主義、効率優先社会のなかでは少しでも先に行くことが求められているのだ。もう一つ、学校が一斉教育をしていることにも原因がある。一人一人の子どもたちはそれぞれ別個の人間なのに同学年なら同一教材を使う、一人一人の思考方法や関心は異なるのに学級単位で授業が進められる。こうしたことから生じる問題の埋め合わせに夜スペはどこかでマッチしているのだろう。

| | コメント (0)

2008年1月24日 (木)

痛みに苦しむ妻

坐骨神経痛は性質の悪い病である。いつの間にか襲ってきて住み着いてしまう不届き者である。
原因が何かも判明しないし、治療法も確実なものがない。低周波をかけたり、痛み止めの注射をしたり、また繋引をしたりしているのだが一向によくならない。湿布を使ったり、風呂に入って温まってもだめである。
痛みも時間を限定してくれればいいのだがそんな配慮はしてくれない。寝ても起きても遠慮なくやってくるらしい。
足を揉んであげようかと時には申し出るが、効き目がないので断られてしまう。
暖かくなればよくなるだろうか。心配はつきない。

| | コメント (0)

2008年1月23日 (水)

「こころの便り」を更新

「こころの便り」を更新しました。
http://homepage3.nifty.com/bridge2/348.html
今回は「光についての四つの話」と題しての第一回 テニススクールへの道 を書きました。今後 穴八幡宮とクリスマス 病の床での光 光のはたらき などについて書く予定です。
ご感想をコメントに入れていただいたら幸いです。

| | コメント (0)

2008年1月22日 (火)

街の中の一人として

鮮やかな山茶花残し媼逝く
冬の陽や残されし犬庭に鳴く
前の家のおばあちゃんが亡くなった。87歳とのこと。町内の世話役がそろって門から出てきたので、尋ねるとこの次第。明日、通夜があるそうなのでその席に伺おうと思う。

田舎では不幸があると隣組がその後の段取りをつけるのが慣わしだ。また、祭りのときには神社の総代に当たっている者は準備や運営に関わらなくてはならない。

他に例えば道端に敷設してある側溝の掃除や小学校の子供たちの登下校の誘導の仕事も定年を迎えた町の大人が世話を買って出ている。

そんな田舎の環境の中で私は何もせずにいる。新参者だから地元の人がほっておいてくれることもあるが、それよりも私が障害を持っていて皆さんのような仕事ができないことの方が大きな理由だろう。

職場では対等な責任が与えられ、それが当然だったのだが、田舎では多くの役の免除の恩恵に与っているのだ。障害を持つ人はそっとしておいてあげようという旧来の慣習があるのかもしれないが、私はそれに甘んじているのだ。蛇足ながら、必ず引き受けるべき役は息子や妻が受けていることを付け加えておこう。

| | コメント (0)

2008年1月21日 (月)

歯科と車イス

大寒や抜歯の必要あるといふ
  
7年ぶりに歯科に行った。先日最中を食べていたら被せていた金属が取れてしまい、とがった歯の先端が舌に触って痛くてたまらないからだ。
歯科に行く必要は以前から感じていたのだがなかなか行く気になれなった。それは車イス対応の歯科医院が少ないからである。玄関まではスロープがあって問題なくても院内に入ると上履きに履き替えることが求められる。また車いす用のトイレがない。待合室が狭くて移動しにくい。こんなことがあって車イス利用者には歯科は行きにくいのである。
今日は大きな病院の歯科にかかった。ここは上記の問題は全部クリアーしているところだった。おまけに診察台も車イスから移りやすいので助かった。
少し待っただけでとがった部分を削ってくださり、これで一安心。だが数年の怠慢が嵩じて歯槽膿漏が進んでいることや虫歯のあることが指摘された。ぼちぼちと治療をやっていこう。

| | コメント (0)

2008年1月19日 (土)

我らが赦すごとく

先日に続いて主の祈りについて学ぶ。

主の祈りを祈るときふと祈りを止めてしまうところがある。それは「我らに罪を犯すものを我らが赦すごとく、我らの罪をも赦したまえ」の箇所である。

聖書にはこうある。「わたしたちの負い目を赦してください、/わたしたちも自分に負い目のある人を/赦しましたように。」(マタイによる福音書 6:12

いったい私は人を赦しているのか。赦していない自分は赦してくださいと祈れるのかという自責の心が湧き、祈ることを躊躇してしまうのだ。

だが塚本先生はこう言われる。  

「赦しました」の原語は・・・過去における動作を示すものである。「すでに赦した」で「赦そうとする」ではない、「赦しつつある」でもない、「すでに赦した」である。(p.86

 なぜこんな不可能に近いことを信者に求められるのであろうか。私たちは霊的の生命をつなぐため、「わたしたちの罪を赦してください」と日毎に祈らねばならない。

しかしこれを祈るためには、まず他人の罪を赦さねばならない。私たちは苦しい板挟みになるのである。なぜこんな無理なことを要求されるのであろうか。

 この一見不条理な、不可解なところに、神の大なる恵みの知恵が隠されていると私は信ずる。神はこれを以て私たちに、神の愛の何であるかを教えられるのである。私たちはこれによって、人の罪を赦すことのいかに困難であるかを知り、従って、私たちがいかに神の御心をいため苦しめているかを知り、そしてまた、私たちの無限の罪を赦してくださった神の愛の、いかに大きいかを知ることができるのである。(p.90

 他人の罪を赦すことは一番むずかしいことである。自分の力でこれをすることはできない。その力を神に祈り求めるほかはない。そしてこれは自分の罪がいかに大であるか、従ってこの罪を赦してくださった神の愛がいかに大であるかを知って、その愛に励まされることによってのみ、これをすることができる。他人の罪を赦し得ない人は、自分がいかに大きな罪を神に赦されたかを知らない人である。(p.94

上記引用文の赤字のところこそが肝心である。この祈りは神の愛の偉大さとその恩恵によってこそ私たちは人の罪を赦すことができることを知らしめるのだ。

| | コメント (0)

2008年1月18日 (金)

坐骨神経痛

妻が坐骨神経痛で悩んでいる。一ヶ月前あたりから左足が痛くてたまらないらしい。ベッドから起き上がるときや炬燵から出て床に降りる時、いててて、の連発という状態である。
昨日などは痛みがひどいので整形外科で注射を受けてきた。他に「電気をかける」治療もしているのだが一向によくならない。
今朝はMRI検査をするために他の医者を紹介された。そこまで送っていき、迎えに先ほど行ったのだが、その足で結果を持ってかかりつけの外科にまた診察に行った。どうせ一時間ほどかかるから待っているのはきついこともあって私はいったん帰ってきた。そしてこの日記を綴っているのだ。
明け方MRIで癌が見つかったらどうしよう、などとつまらぬことを考えていたらなかなか寝付けなくなった。三度目の癌宣告などもう御免こうむりたい、そういう気持ちと、いやたとえそんなことになっても、長い月日共にたくさんのよい体験をしてきたことを財産として受け取るほうを優先すべきだという感慨が交差していたのだ。
痛さをこらえて毎日の仕事をこなす妻だけにストレートに心配を口にできず、一人で思いめぐらすことの多い私である。

| | コメント (2)

2008年1月17日 (木)

働きたいけれど休み

時々出合う詩を紹介しよう。私は出合うごとに慰められ、肩を軽くされ、自分を取り戻す言葉をいただいた思いにされる。
いつも「価値ある業」をしていないと時間を浪費していると悔やみ、そんな自分を軽視し、その結果疲れ、あせっている自分。その自分に今日も生かされている豊かさを教えてくれ、そのままでいいんだよと言葉をかけてくれる、そんな詩である。

ゆっくりとお読みいただきたい。なお、引用は土井常子著「めぐみの鐘」から。
 
最上のわざ
――祈り
 

この世で最上のわざは何?

楽しい心で歳をとり

働きたいけれど休み

喋りたいけれども黙り

失望しそうな時に希望し

従順におのれの十字架をになう

若者が元気いっぱいで

神の道を歩いているのを見てもねたまず

人の為に働くよりも謙遜に人の世話になり

弱ってもはや人の役に立たずとも

親切で柔和であること

老いの重荷は神のたまもの

古びた心にこれで最後のみがきをかける

まことのふるさとへ行くために

おのれをこの世につなぐくさりを

少しつつはずしていくのは真にえらい仕事

こうして何も出来なくなれば

謙遜に承諾するのだ

神は最後に一番よい仕事を残してくださる

それは祈りだ

手は何も出来ない

けれども最後まで合掌できる

愛するすべての人の上に

神のめぐみを求めるために

すべてをなし終えた臨終の床に

神の声をきくだろう

「来よ わが友よ われ汝を見捨てじ」と

       (作者不詳)

    H・ホイヴェルス「人生の秋に」より

| | コメント (0)

2008年1月15日 (火)

アイドリング禁止

宅急便を出すためにお店に行った。私は乗り降りが大変だから事務所には入らず妻が発送の手続きをしてくれた。いつもの通りである。
私は車の中で待っている。エンジンをかけたままである。ふと見ると、目の前に「埼玉県の条令で停車中のアイドリングは禁止されています。」と書いてある。
地球温暖化が世界を危険にしている昨今これは小さなことだが納得のいく措置だ。
だがこの寒さの中、私はエンジンを切った車の中にいることはできない。だから、妻の買い物に付き合ってスーパーに行っても、また妻を送って外科に行き、彼女が低周波の治療を受けている間もエンジンをつけたまま待つのが常である。障害を持つ人は寒さ、暑さを避けて簡単に屋内に移動することができないのである。
だが申し訳なさを抱えたままである。早く帰って来てくれと念じている。だが、だが女性の買い物の遅さはなんともしがたいもののようである。

| | コメント (0)

2008年1月13日 (日)

日毎の糧

 塚本虎二著「主の祈りの研究」(伊藤節書房 昭和38年)を読んでいる。

 「主の祈り」の「我らの日用の糧を今日も与えたまえ」を解いて著者は以下の説明をしている。合点がいくのでここに引用して紹介する。

 「毎日毎日その日の分だけを祈り求める点にこの祈りの特徴がある。『明日のことを心配するな』と全く同じ趣旨、父なる神に対する絶対信頼の当然の結果である。」(p.64)

 「かってある人がシモン・ベン・ヨカイというラビに、なぜ神は一年に一度マナを降らせずに、毎日降らせ給うたか、と問うた。ラビが答えた、『これを何にたとえようか。ある王に一人の王子があった。王は一年に一度王子に生活の資料を与えることにした。しかし一年にただ一度だけ王子の顔を見るのでは我慢ができないので、とうとう日ごとに与えることにした。すると王は毎日王子の顔を見ることができたので喜んだ。』神は私たちが毎日パンを求めて彼の前に出ることを求められるのである。その日暮らしは神の愛の必要であり、また私たちの信頼の要求である。神は私たちが明日のことを心配するのを、彼への不信頼として憎み給う。従ってこの第四の祈りは、パンがなくなった時にあわてて祈るのではない。それは異教徒の祈りである。パンがあってもなくても、毎日毎日祈らねばならぬ祈りである。」(p.65)

| | コメント (0)

2008年1月12日 (土)

補そう具

私の左足は麻痺があってまったく力が入らない。風呂に入ると浮いてしまう状態だ。足だけでなく麻痺は腹部まであるので手で支えないと座っていることにも障りが出る始末である。
そんな左足だが歩くには体重移動が必要だからなんとか体を支えてくれないと困る。そこで登場するのが補そう具である。補そう具を足の先から股関節まで付けて麻痺している足の代わりにしているのだ。
ところが今使っている補そう具は私の体重をうまく受けてくれない。私を立たせてくれないのだ。膝の上辺りで力が抜けてしまい右足を出すとき左足が折れる感じになる。そうすると右肩や右手でカバーすることになってしまいそこに痛みが出てくる。
仕方なし、数年前に使っていたふるい補そう具を取り出してつけてみた。すると不思議にも背が伸びたように体がシャンと立ったではないか。右足もちゃんと前に出せる。力が抜けないようにと今までの補そう具をつけるときにはぎゅうぎゅう締め付けていたのだがこのふるいものではそんな必要はまったくない。はめているだけで足の代わりをしてくれるのだ。
体に不自由があるとそれを補うために人はいろいろな補助具を使う。それがぴったり合ったとき初めて不自由になった体の本来の働きに気付いたりするのだろう。

| | コメント (0)

2008年1月10日 (木)

初句会

今年初めての句会。赤飯、宇和島産のみかん、チョコレート、小城の羊羹、お茶等々を持って皆さんが集った。二時間ではじっくり味わう間もない。
皆さんの一句。
  

矍鑠と弓ひく夫や檀の実    洋子

ほほこけて父に似て来し初鏡    由太郎

初明り東雲の空赤く染め          ひさい

居眠りやちょうどよきゆれ初電車  マサル

実南天大きく活けて年用意       いく

牛蒡切る音の響いて年暮れる       悠歩
  
ひとひらのシクラメン落ち部屋静か この句はしゃれたつもりだったが無点句。残念。

| | コメント (0)

2008年1月 9日 (水)

賀状から

今年も170通ほどの賀状をいただいた。普段めったに交流のない方と新年だけでも挨拶を交わし、生活の一端を紹介していただけるのはうれしいことである。
大学時代の友、信仰生活を共にした人たち、長い教職生活で触れ合った生徒や同僚、親戚の人たち、こうした方々が一年ごとに新しいメッセージを届けてくださるのだ。
  
10年先輩の同僚の賀状にはこんなほほえましいことが書かれていた。
 恋人がわが妻となり
 母となり
 二人の孫が育つ
 しあわせ
  

また、大学時代の友人は相変わらずドイツ語の勉強をしているとのこと。
 ドイツ語、二級はむずかしく受かりそうもありませんが続けています。ヒアリングは外国(ドイツ)に行ってヒアリング力をつけないとむずかしいようです。
学生時代からドイツ語が好きな男だったが70になってもまだやっているとは驚きである。
  
「教え子」からの手紙には奥さんのつらい様子が伝えられた。
 2007年の○○子は至上の痛みを体験しました。(SA君)
 一昨年の秋妻が舌癌、昨年の春には食道癌を患い・・・私たちの春はまだ遠いですが少しずつ時間をかけて待っています。(SK君)
  
この一年、皆さんが守られ、支えられて、来年の賀状ではまたその様子をお知らせくださることを願っている。

| | コメント (0)

2008年1月 8日 (火)

「教え子」からの電話

妻が電話を取った。「どんなご用件ですか」。勧誘の電話を受けたときの応対ぶりである。
実はかつての生徒Mさんからの電話だった。妻が身構えるほどにMさんは堂々と話していたのだ。
Mさんは中学生の時はまじめ一本で、先輩や教師に対しては緊張のあまりおどおどすることが多かった。卒業式で名前が呼ばれたらちゃんと起立できるかしらと心底心配していたことを印象深く思い出す。
今日のMさんはそんな姿を払拭する話しかただった。お子さんが4月からは大学生と中学2年生になるのでようやくほっとしていると明るく、しっかりと話してくれた。このお二人を育てる小学校の過程では、不自由な体で他の保護者と同じ役割を担ったりしなければならず苦労もあったと以前うかがっていたのだが、そうした経験を通じて彼女自身強くなったのだろう。
両股関節とも人工のものになっているのであまり無理はできないが手押し車を用いて毎日の生活を過ごしているのだそうだ。
46歳というからこれからまだいろいろの喜びを味わうだろう。がんばってきた過去にこれからのよい未来がつながっていってほしいものである。

| | コメント (0)

2008年1月 7日 (月)

帰ってきた人

正月になってから今朝は一番寒い。雲が多く、寒々としているのだ。胸がうっとうしく、気分もさえない。こんな日はゆっくりと過ごすにかぎる。
  
九州から皆が無事に帰ってきた。頼んでおいたフクロウも買ってきてくれた。台座に乗っていて、あけると小さな空間ができ、指輪ぐらいは入る。
08010711img_0730ドイツへの旅行の添乗員として出かけた姪も先日帰国した。彼女が買ってくれたフクロウは菩提樹でできている。足の部分から胴体が抜くことができ、中に香料を入れて火をつけると頭の穴から煙がくゆる。
写真にして見るとこんな具合である。
私の周囲にはあちこちの空気が漂っているようで心地よい。 

| | コメント (0)

2008年1月 5日 (土)

あいまいを嫌う心

ヒカちゃんと遊ぶためにオセロを買った。ヒカちゃんが欲しがったのではない。私が頼んで家内に買ってきてもらったのだ。
ヒカちゃんは一円玉をいっぱい溜めている。それを持ってきて「じーちゃん、オセロやる?」と言うのだからたまったものではない。表も裏も判別しにくい硬貨でオセロをやると目がしょぼしょぼしてくるのだ。
今度は石が大きいから摘みやすいし、もちろん表裏は一目瞭然である。ヒカちゃんやるよ、と盤を取り出そうしてダンボールのケースを見るとそこになかなかの名文句が印刷されていた。「白黒ハッキリさせたいあなた達へ贈るアツイ対戦ゲーム!」
うまいことを言うもんだと私は自分を名指しされたような気分になった。最近ラジオの落語やら文芸番組を楽しむことが少なくなり、反対にテレビでスポーツを見ることが多くなった。スポーツにはあいまいさがないし、短時間のうちに決着が着く。まさに「白黒ハッキリ」なのである。
政治も経済も、また教育の世界でもおかしなことばかり起こっている。いい加減なことがまかり通っている。こんな時代には人は耐える力がなくなって早く決着を着けたくなるのだろう。
オセロの宣伝もこうした心理をついてうまい文句を考えたものである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月 4日 (金)

父の権威

九州に里帰りしている息子一家が当地を出発したとの電話があった。帰りはゆっくり運転して明日の夜に家に着くという。
長旅だから急がず、あわてず休みながら運転してね、と電話口の息子に話した。
それにしても大変なことだ。注意を途切らすことなく長時間ハンドルを握り続けなくてはならない。夜間の雨にでもであったら前方の見通しも悪いだろう。後ろの席ではゲームをしながら子どもたちが笑い転げているとき十数時間ただ黙々とアクセルとブレーキを操作し続けるとはご苦労なことである。
こんなことを想像するとき、一つここから生じるよい結果があることに思い至った。それは子どもたちが父親の運転に集中する姿に接して体得する信頼感である。自分たちの安全をゆだねている父がそこにいる、長時間の「労働」に喜んで励んでいる父がそこにいる。これを身近に体験することができる機会が与えられているのだ。
農業などの一次産業が旺盛な時代には当然の如く見聞できた大人の権威が現代の子どもたちには見えなくなっている。そんな時、せめて自動車の運転という姿において自分たちのために一心に尽くしてくれている親に接することはあながち無駄にはならないだろう。

| | コメント (0)

2008年1月 3日 (木)

正月雑詠

年賀客帰りて妻のお正月
寒風や入れてくれろと鳴く子犬
足引きて妻の勝手や去年今年
正月や犬玄関で寝てをりぬ
教え子に孫の生まれて冬ぬくし

| | コメント (0)

2008年1月 2日 (水)

正月2日

三男が子ども二人を連れてやってきた。母親は勤めだという。正月は働き手がなくてスーパーはパートで働くものを解放してくれないらしい。
子どもは中学2年と小学5年だからもうあまりおしゃべりもしない。
少し遅れて娘夫婦が加わった。彼の家の新年顔合わせを済ませてきたのだそうだ。
足の痛みをこらえながら妻はせっせとおせち料理をテーブルに並べた。お雑煮を食べながら静かな会話がリビングに交わされる。
何事もなくこうして時が過ぎる。平和なひと時である。
  Ie5
暮れに描きあげた絵を紹介する。

| | コメント (0)

2008年1月 1日 (火)

明けましておめでとうございます

Nennga_2 新年おめでとうございます。
今年も皆様とよいお交わりができますように。
  
初電話夫を送りし姉妹から
 
2人だけでお雑煮を静かに、満たされて、ゆっくりといただいた。昨年夫を天に送った義姉から今年初めての電話が入った。子どもたちが昨夜遅く来て、お雑煮を食べて帰ったよ、ということらしかったがご主人を送って一人になった寂しさから電話を取ったのに違いなかった。
  
食前の祈りに為政者を神がかえりみて、世界の平和を導く年であってくださいとお願いした。
  

| | コメント (0)

« 2007年12月 | トップページ | 2008年2月 »