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2007年12月

2007年12月31日 (月)

大晦日

牛蒡切る音の響いて年暮れる 悠歩

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2007年12月30日 (日)

静かな夜

妻はお勝手でサトイモの皮むきをしている。テレビが9時のニュースを伝える他はかすかにガスの燃える音だけである。
  
今年最後の礼拝に参加し、帰りスーパーで正月用品の買い物をした。昼ごはんをいただき、しばらくBSで鉄道マニアの鉄道にかける夢を追った番組を見る。
夕方、近くの電気屋さんがリビングの照明を直しに来てくれた。安い、簡単なペンダント型に代えた。蛍光灯を替えるごとに大きな覆いを外すのが大変だからだ。
夕食まで水彩画を描く。畑の向こうの家並の平和な風景の絵を始めたのだがなかなかうまくいかない。
夕食を済ませ、さっきまで平山郁夫の作品を紹介する新日曜美術館を見る。
これから風呂に入って寝ようと思う。
妻は先日来足の痛みに悩まされている。薬を飲んでいるが寝ていてもつらい時があるらしい。私も胸の痰がここ数日切れない。
  
テレビはイチローの活躍ぶりを伝える番組に変った。お勝手からは鍋になにかを入れているのだろう、金属が当たるコトコトという小さな音がする。
  
一日が終わろうとしている。

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2007年12月29日 (土)

ピンに向かって

ハーヴェストタイムという番組が土曜日の朝にある。今朝、この番組のなかでプロゴルファーの中島さんがプロのゴルファーとアマテュアとの違いは、プロが最終のピンの位置を考えて一打一打を打つのに対してアマは今打つボールを何処へ持っていくかに集中することにあると言っていた。この番組はキリスト教を伝えるものだが、司会をしている牧師の中川さんはこの話を私達の生き方に発展させ、ピンの位置は私たちが死ぬ時、あるいはイエスにまみえる時ととらえ、そこから現在の生き様、信仰生活を考えることが大切だと話を結んだ。

なるほどと得心したしだいである。来年は71歳。残された生活時間も少なくなる。この世の生活を終え、主に出会うとき、主の国にふさわしい自分になっていたいものだ。天国というピンに向かってふさわしい者になる一打、一打を打つことを来年は心がけよう。

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帰省

朝電話が鳴った。ヒカちゃんの声が聞こえる。「おはよー」、元気な声である。今、どこにいるの、と尋ねるとちょっと間があって「琵琶湖」。
長男一家は昨夜10時に出発して一路佐賀県嬉野町に向かったのだ。雨の中の出発だったが無事琵琶湖まで行ったらしい。
ご飯食べたかい?「うん、ラーメン」。お姉ちゃんは?「トン汁」。雨降ってない?「霧が濃いんだって」。パパによく休んでから出発するように言ってね。「わかった」。
まだ九州までは半分の道程である。無事に着くことを祈る。
1  
ヒカちゃんは出かける前一枚絵を描いていった。「四季の樹」である。めありさんとの約束もあるのでご紹介する。

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2007年12月27日 (木)

外れ馬券

 有馬記念というレースがある。競馬のファンなら誰でも知っている有名なレースである。「有馬」というから、京都で開催されると思ったらなんと中山だった。有馬は地名ではなく、競馬に力を注いだ有馬さんという方の名前なのだそうだ。
 今年の締めくくりとして先週これが行われたのだが、専門家の予想がことごとく外れて9番人気のマツリダゴッホが一着になった。
 長男は以前はよく馬券を買っていたが最近はやっていない。それでも天皇賞とか有馬記念だけは大穴を狙う。先日も独自のよみで、2頭を選んだ。残念ながら2、3着だったがさすが良いよみだった。それに比べて私は新聞やインターネット上に出る予想をあれこれ斟酌して買ったのでまったく及びでなかった。
 1レース500円程度の買いだからなかなかあたりはしない。そんな気持ちを一ヶ月前に俳句に詠んで投稿したらこんな反応があった。
 うそ寒や外れ馬券を買い急ぐ
ただの馬券を買うのではなく あえて外れ馬券としたところが、うそ寒にぴったりです。

買う前から諦めるな!買う限りは大きく狙えっ!

それでも、買わない者には当らないしなあ・・。
だーっはっは。馬券買っている人の多くは、ハズレ馬券をわざわざ買いに行っているのですよねー。納得です

 外れ馬券としたのは結果的にいつも外れるし、買うときにもまた外れかなと思うからだったがこれが読み手にはうまく伝わらなかったらしい。競馬も句会もこれで今年はおしまい。

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2007年12月26日 (水)

イエスの誕生と冬至

イエスの誕生の日は歴史的に確認されているわけではない。12月25日が降誕の日とされたのは暗闇の中で生きる人々が主を待望していたことの表明であった。
12月25日はローマでは太陽神ミトラ教の冬至の日であった。冬至はつらい、暗い冬の日から徐々に日照時間が長くなる季節への変化の始まりの日である。生物が実り、花が開く希望の日々へ向かう、その始まりの日だ。
イエスに生かされる人たちはその誕生をこの暦に合わせて記念したのである。
私たちも、私たちを生かす希望の光として受け止め、イエスの誕生に感謝したい。

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2007年12月24日 (月)

イブ礼拝

Photo キャンドルの波広がりぬ降誕祭
顔照らすキャンドル豊かにイブ礼拝
イブ礼拝キャンドルの灯の揺らぎけり
  
幼子が灯り分けゆくイブ礼拝

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2007年12月23日 (日)

クリスマスの喜び

クリスマスの喜びを皆様と分かち合います。
今日は救い主イエス・キリストがお生まれになった日。主は宿るべき部屋もなく生まれ、この世の力、ヘロデ王の権力を逃れエジプトに避難しました。
しかし、これは神様のご計画に従ったことでした。救い主は暗い世にこられることはダビデ、モーセの歴史を通じて預言されていたのです。
今の世も闇が満ち満ちています。しかし、ベツレヘムで輝いた星は今、救い主イエスとして私達の上に留まり、光を輝かせています。
この光を受け入れて希望のうちにこの世を生きていきましょう。
メリークリスマス!

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2007年12月22日 (土)

そは誰そ

一行詩を主宰する大学時代の友人から会誌が送られてきた。A5版の15頁の冊子である。会員が少なくて印刷会社に発注することができず、パソコンで入力した文字がかすれている。年会費は3,000円だそうだ。こうして細々とでも自らの作品を発表する場を保とうとしている姿には感心する。
一行詩は難解で、私は馴染めないのだが、時にはすてきな作品もあり、その時は感想を書いて友人に送る。感想文を書いてくる会員が少ないらしく、彼は私の文章を時々掲載してくれている。
今回はあとがきにこんなことが書かれていた。「最後に○○なる人物の感想を載せておりますが、大学時代の同級生でご自身脊髄性小児マヒ、教師を定年まで勤め、しかも敬虔なクリスチャン、全国キリスト教障害者協会会長、俳人、文筆家、しかも全国で講演活動をしております。埼玉県在住。」
これは誰ぞ、と思わず問いたくなる紹介である。事実と違うところもあり、なんとも大げさだが関西人らしくていいと思わず苦笑してしまう。

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2007年12月21日 (金)

「こころの便り」を更新

先日近くの中学校で行った講演を文字にして小生のホームページ「こころの便り」に掲載した。長い文章なので2回に分けようかとも考えたが次回まで待っていただくのも申し訳ないので全部を収めた。お疲れになるかもしれないが気ままにお読みいただきたい。
演題は「たくちゃんとお母さん」である。これは以前小学校で全校児童を対象にした講演と今年2月中学生に話したものを併せたものである。何回か話しているとどうしても同じ内容になるのはやむを得まい。
パソコンで読んでくださる方にもその点はご容赦を乞う次第である。
 http://homepage3.nifty.com/bridge2/347.html

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2007年12月20日 (木)

玄関のふくろう

玄関にフクロウが多くなった。あちこちと出かけるとその都度お土産売り場をのぞいて買ってくるからだ。筍の皮でできたもの、陶製のもの、木彫り、布製とさまざまである。中には頭を押すと「ホー、ホー」と鳴くものもある。
長野市、松本市、藤岡市の山里、秩父、それにどこだったろう?求めた場所を思い出せない子もいる。
Photo新参者は先日の旅行で家内が買ってきた由布院の出身である。
以前は絵葉書を買うことが多かったが、フクロウのほうが玄関に飾っていつも見ていられるのでこちらに変ってしまった。
掃除をしない我家だからフクロウを載せている台がほこりでいっぱいだ。今日はそのほこりを払ったついでにフクロウを並べ替えてみた。そして撮ったのがこの写真である。
ヒカちゃんが見たらまた自分流に置き所を変えるだろう。

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2007年12月19日 (水)

羊羹と最中

 熊谷市にある補そう具製作所に見学に行った。現在使用しているものがだいぶ傷んでそろそろ新調する必要が生じたからだ。
 帰り道、妻が深谷に美味しい和菓子屋があるというので国道からそれて旧中仙道に入った。事故に気をつけながら、店を探しつつ細い道を運転していると、なるほど古ぼけた店があった。
 電気が点いているのかどうかさえ分からないほど店内は暗い。その店先に車を止め、家内が出てくるまで壁の張り紙を見ると、混雑する時には並んで順番をお待ちください、とある。ああそうか、やはり有名な老舗なのだと感心していると確かに客が次々に入っていく。
 しばらくして彼女は例によっていろいろと買ったと見えて、大きな紙袋を提げて出てきた。羊羹と最中をいくつか買ったという。
 そんなに買わなくてもよさそうなものだが、東京では商店街のご主人達とは皆顔馴染みになって、毎日おしゃべりを楽しんでいた彼女が今はほとんど私と2人だけの生活になっていることを思うと、買い物の楽しみだけは残しておいてあげようと思う気もこみ上げてくる。

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2007年12月17日 (月)

今月の俳句

駒下駄のような拍子木火の用心

厠行き懐炉抱いてまた寝入る

寒雀ふくらむ同士集れり

前衛の文字作品や濡れ落葉

負けし孫トランプ遊び止めさせず
負けし子のトランプ遊びの恐さかな

出稼ぎの焼き芋屋さんにまた会いぬ
シクラメン落ちて部屋の静かかな
  
俳句の解説は野暮なこととは知りながら、少し書くことにする。
一句目。隣の町内会で夜の見回りをやっている。夕食時に一回だけなのだが拍子木を打って回ってくる。ところがその拍子木がなんとも間の抜けた打ち方なのだ。強弱があるわけでもなく、そろってもいない。駒下駄を引きずってでもいるようにだらだらと鳴らしながら通り過ぎていく。
夜中トイレに起きると蒲団が冷えてしまう。体も温まらないこともある。そんなとき風邪をひいてはことだから廊下においてある使い捨て懐炉を破って抱いてまた寝る。
最終句。おしゃべり好きの妻が聞いたところによると焼き芋屋さんは東北出身だそうだ。先日からまた家の周辺に顔を見せるようになった。

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2007年12月16日 (日)

表現すること

朝のNHK俳句の時間。こんな句が紹介されていた。
 鵙鳴くや痛みを神の声と聞き
癌の痛みに襲われている作者が鵙が鳴くように己も泣くこともあるのだが、その痛みを客観視し、神の声として聞くことによって己を回復している、そう解説があったと記憶する。
お客さんとして同席していた方が「文字は肯定する力を持ちますね。」と言っていたのが印象的だった。
痛みや悲しみにおぼれていては救われない。そんな時、文字にする、表現することは情況を対象化し、肯定することにつながる。
ブログに毎日のぐちや喜びを綴ることによって日々を渡っていく力を受けるのも同様なメカニズムによるのだろう。
書くことを援助してくださる読み手の皆さんにも感謝しなければならない。

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2007年12月15日 (土)

二番目の自由

2 ヒカちゃんが絵を持って下校して来た。ザリガニを描いた大胆な絵である。色使いも見事だが形も大きさも迫力満点だ。クレヨンを重ね塗りるすることなど家でわたしとやっている手法をそのまま用いている。水しぶきらしきものは筆に絵の具をつけて振り回したのだという。
お姉ちゃんの絵はこうはいかない。どうしてもうまい絵になってしまう。
私の子どもたちの場合も同じだった。次男の絵は色も構図も私の真似できないものだった。そのためか何度か絵画展に入賞したこともあった。
長女、長男に比べて二番目の子は独立心が強い。親のコピーではなくなっている。絵の独創性もそこから生まれるのだろう。

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2007年12月14日 (金)

俳句の仲間

俳句のお仲間に84歳の方がいる。句会では指導者役を担ってくださっている方だ。いつも散歩をしているらしく俳句にも四季折々の変化が詠み込まれる。
その方から今日はお餅をいただいた。新潟の出身らしく、親戚から送ってきたのだそうだ。新年になってお汁粉に入れて食べるのが今から楽しみである。
句会仲間から頂き物をするのは今日初めてではない。先日はKさんが足利の美味しい最中と立派な梨をわざわざ我家まで届けてくださった。
句会でも婦人方は飲み物やお菓子、ときには果物まで用意してくれる。2時間の句会の間には結局食べきらず、家に持って帰るのだが、それでも毎回同じように何かしら用意されるのだ。
俳句を楽しむだけでなく一緒の飲食を喜ぶ仲間を見ているとわたしももっとおおらかに生きなければとふと反省の念が湧く。

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2007年12月13日 (木)

充血まなこ

昨日の朝から右目の充血がひどい。眼球の鼻よりの部分が真っ赤なのだ。
特に原因も思いつかない。一昨日眼科で逆さまつげを一本抜いてもらったがこれは関係ないだろう。泌尿器科の薬も以前から飲んでいるものだから原因になるとは思えない。
昨日は一日様子を見ようと何も対処をしなかった。夜になっても変化ないので今日もう一度眼科に行こうといたのだが、残念ながら休診日である。
通院センターでなく入院棟に行って、急患で頼めばあるいは応じてくれるかもしれないが一面赤かったところに少し白い部分が出てきたようなので明日まで待ってみよう。
今朝は朝から雨で気温も低い。気持ちまで寒々としてくる。
通院納めなどと先日書いたが、体は思いのままになってはくれないものだ。

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2007年12月11日 (火)

通院納め

仕事納めは一年の仕事を無事なし終えた時に迎えるホッとした一時である。
仕事のない私はそれに代わって今日は病院納めとでも言える日を送った。今年の予約はもうなにもないのだ。
今年は妻の癌の再発もあって病院通いの多い年であった。二人合わせると眼科、泌尿器科、外科、内科(呼吸器、肝臓)、整形外科、耳鼻科等など小児科と産婦人科を除くほとんどの診療科にお世話になった。
今日は泌尿器科と眼科だった。二つの科を回ると十時過ぎに行っても昼までには終わらない。それでも特に問題がないとなるとほっと一息つく。PSAの結果も0.4で三年間ほとんど変化なしだ。
病院の食堂で味噌ラーメンを食べ、ヤマダ電機で加湿器を買って帰ってきた。
ソファーに落ち着き、足利の「古印」と名のつく最中をいただきながら啜るお茶はまた格別であった。

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2007年12月 9日 (日)

衰え

今朝蒲団の中の私は以前はどうしてあんなに歩けたのかなとふと幾つかの旅を思い出していた。
京都に旅行した十何年か前には宿から1㌔以上歩いて急な坂道を上って詩仙堂まで行ったし、盛岡観光では城跡の下を流れる中津川沿いに古い町並みを見て回った。岡山の善通寺に良寛さんの面影を訪ねた際には石段を踏みつつ境内を散策したものだ。
今はこれはビデオ映像のようになって記憶のひきだしの中に納まっている。
駐車場までの歩行もおっくうになり、家の中でもつい車イスを使ってしまうのが現状である。これを以前と比べて悲痛な思いでとらえているわけではないのだが、衰えは否定しようもない事実である。

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2007年12月 7日 (金)

編集者の特権

全国キリスト教障害者団体協議会の機関誌「キ障協」の編集をしている。クリスマスまでには発行し、全国の会員にお届けしたいと願っている。
今回の巻頭にはこの夏総会で主題講演をお願いした秋田桜教会牧師雲然先生の講演要旨が載る。
今朝からゲラ刷りの校正をして私は改めて主イエスの私たちへの愛、それは具体性を持った愛なのだが、その愛を知らされたのだった。
先生の原稿の一部をここに紹介する。
 
ある方が講演の中で、主イエスは耳が不自由な人と出会われたときに、指をその人の両耳に差し入れたあるが、両耳に指を差し入れたということは、その人と真向かいに向かい合っていたということだと話しておられます。また、主イエスが盲人と話されたとき、その人を村の外に連れだして、両手をその人の上に置いたとありますが、両手を置いたということは明らかに真向かいに向かい合っているということです。主イエスが一人一人と出会われるということは、その一人と真正面に向かい合っておられるということを聖書の言葉を読んで行く中で知らされるわけです。
 
機関紙の発行前にこうしたよいメッセージに触れることが出来るとは、まさに編集者の特権と言えるだろう。

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2007年12月 6日 (木)

かたばみ句会 12月例会

皆さんはよい句をお作りになる。処々に出かけ、新しい経験をされ、心動かすことが多い故だろう。
今回の佳句を一人一句ずつ紹介する。
  
3点句 ほうとうの湯気ごと啜る枯野駅   洋子
同   今日ひと日姫となりたる七五三   いく
2点句 しぐるるや農家に残る外厠     由太郎
同  猫親子日向ぼっこに寄って来し マサル
1点句 山荘は薪ストーブで夜は深む    ひさい
同  夫の襟直す人ある冬の院       悠歩

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2007年12月 5日 (水)

パン

祈りの会が11時30分に終わった。牧師とT兄、それに私たち夫婦の4人。コリントの信徒への手紙Ⅱの11章を学ぶ。涙の手紙といわれる部分である。自己を誇らず、主を誇れとパウロが説く部分だ。
聖書の学びの後は、「信徒の友」誌によって定められた教会のために祈る。今日は大阪の出来島伝道所がその教会である。現住陪餐会員が3名という小さなところの由。この教会の祈りの課題の1つは「小さき者としての歩みを大切にできますように」であるという。
小さいことを大切にし、平和をつくり出すために苦悩できる教会となりたいという祈りに心打たれる。
帰り道、かつてT兄が学校で教えた生徒が営むパン屋さんでサンドイッチとコロッケパンを買って昼食とした。
この冬一番の寒い日だったが空が澄んで、山々が青く見えるよい日だった。

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2007年12月 3日 (月)

サポートの乏しさ

光ファイバーを入れるに当たってNTTに直接申し込むよりもプロバイダーを通して行うほうがいろいろとサービスがある点有利だと考えてNIFTYを利用した。
そのサービスの1つは無線ランルーターの無償提供というものだ。約9000円程度の商品だがいただけるとはありがたい。
ところが使ってみるとこれがなかなか宣伝どうりにはいかない。セットアップができないのだ。何事にも難しさはあるから、セットアップにてこずるのはかまわないが、この製品の会社のサポート体制に問題がある。何度電話をしても通じない。そればかりか「お待ちいただくとお客様にご迷惑をおかけするから電話を切らせていただきます」と言う。
今時のパソコンはじめ大きな企業はそれはていねいにサポートしてくれる。ところが小さな(?)OA機器の販売会社は人手がないのかまったく既購入者無視である。
今日は一日あれこれやったのにまったく成果なし。憤懣やるかたなし、といった心境である。

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2007年12月 1日 (土)

妻のお土産

07120115img_0689由布院からフクロウの置物とシャガールの絵葉書を買ってきてくれた。
玄関の小物台の上にはあちこちのフクロウがにぎやかに並ぶことになった。
ヒカちゃんが時々並べ替えて遊ぶだろう。

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