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2007年10月 3日 (水)

献金は恵の業

彼らは苦しみによる激しい試練を受けていたのに、その満ち満ちた喜びと極度の貧しさがあふれ出て、人に惜しまず施す豊かさとなったということです。(コリントの信徒への手紙Ⅱ 8章2節)

 マケドニアの教会は迫害の試練を受けていました。しかし、喜んで献金をする教会となりました。

 貧しさがあふれ出て豊かさとなったというのはおかしな話ですが、これは9節の「あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためだったのです。」に関係しています。

 神が十字架という貧しさの極致に陥ったことによって、私たちは神の愛をいただき豊かなものとなることができたのです。豊かにされた人たちは当時貧しかったエルサレムの教会に喜んで献金を送りました。こう考えると献金は恵みに答える業なのです。

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