« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »

2007年10月

2007年10月31日 (水)

異なる視線

風呂に入るとき私は床に座ってきものを脱ぐ。だから自ずと視線は低い位置からのものになる。

先日ふと見ると洗面台の蛇口が黒くなっていた。蛇口はシャワー用のものだからお椀のような形になっている。したがって普段使っている立ったままの姿勢ではそれに気づくことはない。家族が気がつかなかったのも無理もないことであった。翌日 家内に頼んで磨いてもらったら少しはキレイになった。

私のように床に座らないと衣服さえ脱げないものがいるからこそこんなことにも目がいく。同様なことは社会にもたくさんあることだろう。いろいろな人がいてよいし、いなければならないゆえんである。

| | コメント (0)

2007年10月30日 (火)

奉仕

全国キリスト教障害者団体協議会会報の編集時期になった。今回はK氏が担当してくださっている。この会の代表になってからずっと私自身がやっていたのだが初めて代わっていただいたのだ。
先日K氏が編集を終えた原稿を送ってくれた。夏の全国集会での主題講演をまとめたものも取り入れたのだから大変な作業だったと想像する。感謝の他ない。
昨日はこれを丹念に読ませてもらった。そして、気付くところに赤を入れて返送した。主題講演をされた講師の方への校正のお願いは私からも出しておくこと、印刷所との連絡は私がやることなどを書き足した。
しばらくぶりで「仕事」をして満ち足りたものを感じている。

| | コメント (0)

2007年10月28日 (日)

ひとりの生活

私の人生には「ひとりの生活」が比較的大きな割合を占めている。足が不自由だったことがその発端である。だがこれは単なる発端であって、周囲との関係でいかようにも変りうるはずのものだった。
ひとりで生活していることには今も変りはない。そしてここにいたってひとりの生活を否定的にとらえようともしていない。ひとりの生活のその向こうには大勢の顔が見えるからである。
こんなことを書いて「こころの便り」を更新した。ご覧いただければ幸いである。
 http://homepage3.nifty.com/bridge2/345.html

| | コメント (0)

2007年10月27日 (土)

地に平和を

 ゆっくりした朝ご飯を食べているときに電話が鳴った。職場で大変お世話になった先輩のSさんからだった。仕事を支えてくださり、肝炎治療のために通院する私を手伝ってくださったSさんだった。私より3年先輩だから退職して13年経つのにこうしてときどき電話をくださる。

 Sさんによると今日はかつての同僚と山歩きの予定だったのだが雨が激しいために参加を取りやめたとのこと。仲間たちは今日も集って山の温泉に浸るとのことである。他の職場のことはわからないが、職を退いた人たちがこうして交流をする場をもてることはなんと幸せなことであろう。遠く離れた私も電話をいただくことによって交わりに参加できる。今朝はこんな幸せから1日が始まったのであった。

 しかしその後テレビに映る映像は現実世界の矛盾と悲しみをいやがおうにも伝えてきた。南国の楽園と言われたパプアニューギニアでエイズのために小さないのちが次々に失われ、エイズ患者の少年がひとり取り残されていた。また他の映像ではアメリカの将兵たちが傷つき、いのちを奪われ、救急病院に運ばれていくイラクの現状を映していた。軍医たちは次々に運び込まれる負傷兵たちをあたかも自分たちのノルマを果たすように治療をする。

 死者を前にして従軍牧師が「主よ、この友の死が世界に平和をもたらすものでありますよう」と祈っていたように、どうぞ主よ、悲しみと戦いの地上に平和を早く来たさせてくださいとわたしも心から祈る。

| | コメント (0)

2007年10月25日 (木)

愛車の話

午後三時過ぎである。日が傾いて、ディスプレーにも当たるようになった。もうじきハルちゃんが帰ってくる。そうしたら駅まで送っていこう。その後トリセンに行ってお刺身を買うとか家内が言っていたからそちらにも回らねばならない。
こうして車はわたしと家族を取り持つ役をしている。
これは今始まったことではない。就職して二年めごろ車を手に入れたときからのことだ。妻との生活にも子育てにも車は欠かせないものになってきた。
そこで今日はそのことを車の立場になってエッセイを書いてみた。妻が美容院に行って留守だったので音声入力がはかどり大方仕上がった。来月には発表しようと思う。

| | コメント (0)

2007年10月23日 (火)

主にある幸せ

先日いただいた根来泰治記念誌「言葉を住まいとして」を読み終えた。そして今、信仰にある者の幸せをいただいている。信仰を証しする文章はいのちを意味づけ、根源にたち帰らせ、励ましを湧きだしてくれる。
根来先生は12月2日に主の下に帰られたのだが、11月27日まで主から賜ったいのちの意味を先生独特の豊かな文章で書き綴っていたこを本書は知らせてくれた。
そして最後の文章では「いのちの方向」と題し、「さあ、ベツレヘムへ行こう」と副題を付け、「私たちにとって大切な方向は、天からの方向です。天から来る、この方向、天と地が垂直に結ばれている、これがいのちに方向を与えます。・・・・・私たちに、まことの生きる方向を知っていて、いのちの方向を与えてくださるイエス・キリストを礼拝する思いが、この季節に皆様の間に開かれていきますようにとお祈りします。」と主に生きる望みを説いたのだった。
苦しい中にあっても、常にいのちの流れの聖性を感謝のうちに語り続けた根来先生はイエスに抱かれて天に帰られたに違いなかった。

| | コメント (0)

2007年10月22日 (月)

主の後に続こう

賛美歌の中には人と生きるときにこんな生き方を本当に自分もしたいと思わせる歌がいくつかある。昨日の礼拝でいただいた歌もその1つである。
賛美歌21の486番。歌詞は下記のとおり。ここに記されている困難をかかえている人は現代社会を生きる人だ。「餓えている人」が強い国、強い者中心の世界でどんどん増え続ける。「沈黙する人」は人と人とのつながりが乏しくなる中、一人悩み、苦しむ。「悲しみの人」、「友のない人」も病を抱え、一人で耐えることが強いられる家族関係からいやおうなく生まれる。

現代社会はこの人たちを癒す力を失っている。今、主の愛に押しだされて、主に従うことを私たちもしよう。

餓えている人と パンを分かちあおう。

愛に押しだされて 主の後に続こう。

沈黙する人と 共に語りあおう。

愛に押しだされて 主の後に続こう。

悲しみの人と 声合わせ歌おう

愛に押しだされて 主の後に続こう。

友のない人と 隣り人になろう。

愛に押しだされて 主の後に続こう。

無気力な人と 日的みいだそう。

愛に押しだされて 主の後に続こう。

| | コメント (0)

2007年10月21日 (日)

「じじのつぶやき」

「じじのつぶやき」。これは教会の友、Tさんが作った私家本の書名である。二人のお孫さんにご自分の大切な思いを伝える文体で日々の出来事を書き綴った冊子である。
Tさんは定時制高校から大学の2部に進学し、教員となり、数年前に地元の中学校の校長を退職し、しばらく県の教育関係の仕事をした後引退した。高等学校に入る前は「丁稚」の経験もあるし、大学時代にも苦労している。
しかしTさんは決して悲痛にならず、いつも笑顔で過ごしてきたらしい。校長時代にも生徒の死、暴力事件などに遭遇するが、先生方には笑顔を忘れないで、と常に言い続けてきた。
ご自身が生徒から「それでも教師か!」と罵声を浴びると「うるせい。おれは清だ」と笑いながら返したという。
そんな話をお孫さんにやさしく語っている調子でこの本は書き連ねられている。そして最後にはお孫さんの時代がよい社会でありますようにとの願いで締めくくられるのである。
普段は教会でこんな話を聞くこともないのだが、本のお陰でT兄の人柄に接することができて身近に「人」が一人増えた思いがする。

| | コメント (0)

2007年10月20日 (土)

秋桜

Photo のどかな一日だった。ライアンを車イスにつないで外に出た。作物がなくなった畑の隅にコスモスが咲いていた。
ちぎって花弁を見ると、赤紫の鮮やかなグラデーションが広がっていた。
 秋桜やグラデーションに神の技
先日作った句も書きおく。
 孫の絵を額に収めて文化の日
 秋の日や運動靴の干されをり

| | コメント (0)

2007年10月19日 (金)

宣べ伝える勇気

地元の中学校から講演依頼の電話があった。中学生対象に人権に関する話をしてほしいとのことだ。時期は11月末の午後だという。
他によい方がいたらその方に交渉していただけませんかと断りの意志を伝えたのだが、どうしてもということなので引き受けてしまった。頼まれると断れない性格なのだ。
最近子どもが自信をなくしたり他人との関係を絶って引きこもってしまうという事例が多く見られる。そんな時子どもたちにひとりの重さを話すことはそれなりに意味があると思うのだが、準備の大変さや、体調を考えるとつい断りたくなる。
ここで思い出すのは故兼清牧師や小田嶋さんのことだ。兼清先生は主のメッセージを伝える機会が与えられるとどこにでも喜んで出かけた。小田嶋さんは私よりもずっと重い障害をお持ちだが、「わたしでよければ」と講演をすぐに引き受ける。
この人たちを身近に備えたもう主は「お前も出かけなさい」と言っている気がする。
まだ一か月先なのだから体調を整え、準備して要請に応えよう。

| | コメント (0)

2007年10月17日 (水)

主の豊かさ

Photo 2年前主の下に帰られた牧師・根来泰治先生の記念誌が届いた。明るい瀬戸内の風景が水彩で描かれた表紙の本である。
根来先生とは全国キリスト教障害者団体協議会を通じてのお交わりだった。主にあるいのちの聖性を大切に説くやさしい先生だった。
2年前癌のために62歳の若さで、短い治療期間の後に天に召されたのだが、その時の奥様やお子様、またご親族の悲しみは計り難いものがあったに違いなかった。
それなのに今日送られてきた記念誌はなんと明るい表紙で飾られていることだろう。それは主のはからいに相違ないと私は確信している。
先生の残された業が主に用いられてこんなに素晴らしい証し集となったのだ。この記念誌には40数名の方が文章を寄せているが、主は先生の召天という悲しみをかくも豊かな証へと昇華してくださったのだ。
私の文章(http://homepage3.nifty.com/bridge2/301.html)もこの証の中に加えられていることに感謝したい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月16日 (火)

季節の変化

食卓に向かっているとき身震いを感じた。秋が一気に深まってYシャツでは落ち着いて椅子に座っていられないまでになったのだ。
だが、身震いは寒さのためだけではなかった。今日は病院に行く日だったのである。松坂が投げる試合がリードされた状態で出かけることにした。
幸い大きな変化もなく無事に診察は終わった。だが待ち時間が長く、帰りにスーパーでの買い物を済ませて2時過ぎにようやく帰宅した。レッドソックスは負けていた。
これから自動車の任意保険の書類を調えなくてはならない。先日のエッセイ「例外」を読んでご自分のことを作文に書いて送ってくれた小さな友に返事も書かねばならないのだが今日は時間が取れそうもない。決った仕事があるわけでもないのにどうしてやりたいことが全部できないのだろう。

| | コメント (0)

2007年10月14日 (日)

山を見る

Photo 孫が山梨県北杜市で開催されるテニス大会に参加するというので一緒に行ってきた。息子の運転で朝まだ暗いうちに家を出た。
残念ながら一回戦で敗退した。
北杜市は八ヶ岳の麓に広がる町である。大きな裾野に点在する村はまだ田舎の風景をそのまま残して美しかった。
高地にある店に薬膳料理を食べに行った。甲斐駒ヶ岳他幾つかの嶺嶺が連なる連峰が大きな空間を占める風景が展望できた。
帰途、甲府市にある山梨県立美術館に寄った。ミレーの「落穂ひろい」と「種蒔く人」を見るのが目的だったのだが運良く、プラハ国立美術館展に接することができた。プリューゲルやルーベンスの聖書に基づく絵画がたくさん展示されていて、古人の信仰に触れることが出来た。

道は関越道→圏央道→中央道とたどったのだが、談合坂あたりは3車線道路になって、かつて学校行事で利用していた頃とは大きく様変わりし、十年という年の長さを痛感したのだった。

秋の一日快適な時を持ったのだったが今朝はさすがに疲れ、洗面をしていると立ちくらみに襲われた。だがそれも回復し、礼拝に参加することもできた。

| | コメント (0)

2007年10月11日 (木)

俳句日記ーメモー

稲刈や息子の休日待ちかねつ  (姉の事情)
稲刈や畔に昼餉の輪ができる  (子どもの頃のこと)
稲刈や昼餉の家族畔に座す
稲刈は空を仰いでラッパ飲み
稲刈や遠く機関車走り往く
茗荷の香口に広がる夕餉かな
妻つくる味噌汁茗荷の香り立つ
秋の朝友を拾って教会へ
秋野菜教会ホールに並びけり
車イス押されて礼拝秋深し
秋深し風呂の温度を上げにけり
風呂温度上げてくつろぐ秋の夜
赤々と肌をさらして甘藷でる
筆洗の匂いと秋日部屋に満つ
さだまさし聴きつつ描く油彩かな
秋の日や油彩画描き留守居する
まどろみつ妻を待ち居る秋の午後


| | コメント (0)

2007年10月 9日 (火)

イエスに捕まる

Photo 隣の坊主は遠慮もなく我家に出入りする。トイレにも玄関から直行する始末である。
昨日は書斎に入ってきて絵を見つけ
「わー、すげえ。これじーちゃんが描いたの」
と驚きの声をあげた。
「そうだよ」
と答えると
「この人、捕まったの?」
こう聞いてきた。思わず苦笑した。
なるほど、彼の言うように暗い室内で小さな机に向かって婦人が頭を垂れているのだから、テレビでよく見る取調べのように見えるのも無理はなかった。
「違うよ、お祈りしているんだよ」
私がそう答える間もなく彼は出て行ってしまった。
後で考えると、彼の問いに「そうだよ」と返事すればよかったと思う。ただ、捕まえた人は刑事ではなくイエス・キリストだったのだ。
この絵は今日で仕上げよう。

| | コメント (0)

2007年10月 7日 (日)

絵を描く

秋になると絵心が目を覚ますらしい。絵の具箱を本棚の奥から取り出し、イーゼルの埃を払って書斎に立てた。三年目ぐらいだから絵の具は固まってふたが開かない。いつものようにマッチをすって口を暖め、ペンチではさんでこじ開ける。
前の教会にいるとき会堂建て替えのために近くに二階建ての家を借りたことがあった。そのときHさんという年配のご婦人が出席していたのだが、今回描こうとしているのはその方が受付をしている姿である。礼拝が始まってHさんも頭を垂れていた。頭上には窓があってそこから光が差し込んでいる。これを宗教画のように描きたい。
一昨日から取り掛かったのだがなかなかうまくいかない。写真をパソコンに取り込んだ物を見て描くのだが、暗部がつぶれてグラデーションが分からないのだ。
でも絵を描くことは楽しいことだ。ほかの事を忘れて没頭することができるのである。
昨年は水彩画を描いたのだったが、そこには10.5とサインしてあるからちょうど同じ時期に当たる。今日はもう日がかげってきった。また明日続けることにしよう。

| | コメント (0)

2007年10月 5日 (金)

「こころの便り」を更新

障害を持っている者は持たない人と同じ条件では生活できないことがある。しかし、方法は違っても同じ人として喜びを共感し、同じ活動に入りたいと願っている。こんな思いを綴った拙文を「例外」としてホームページにアップした。
ご覧いただけたら幸いである。
  
http://homepage3.nifty.com/bridge2/344.html

| | コメント (1)

2007年10月 4日 (木)

10月句会

黄ばんだ稲田が広がる中に女性会館はある。その一室で十月の句会があった。仲間の句を一句ずつ載せる。
 
法師蝉恩師の訃報届きけり
 コスモスや風が指揮とる演奏会
 むきになり猫のじゃらける猫じゃらし
 
秋暑し鴉にもある口喧嘩
 畑中で唐辛子もらう散歩かな
 敗戦日戦の愚かさ子に伝え

女性が多いので柿や梨をむいて持ってきてくださり、お菓子まで用意してくださる。二時間の句会では味わっている暇がなく、結局多くを持ち帰ることになった。
皆さん、なかなかお上手である。

| | コメント (0)

2007年10月 3日 (水)

献金は恵の業

彼らは苦しみによる激しい試練を受けていたのに、その満ち満ちた喜びと極度の貧しさがあふれ出て、人に惜しまず施す豊かさとなったということです。(コリントの信徒への手紙Ⅱ 8章2節)

 マケドニアの教会は迫害の試練を受けていました。しかし、喜んで献金をする教会となりました。

 貧しさがあふれ出て豊かさとなったというのはおかしな話ですが、これは9節の「あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためだったのです。」に関係しています。

 神が十字架という貧しさの極致に陥ったことによって、私たちは神の愛をいただき豊かなものとなることができたのです。豊かにされた人たちは当時貧しかったエルサレムの教会に喜んで献金を送りました。こう考えると献金は恵みに答える業なのです。

| | コメント (0)

2007年10月 2日 (火)

交わり

 Photo 画家の箸方さんから展覧会の案内をいただいた。遠方でうかがえないが、こうして覚えていてくださってうれしい。箸方さんの絵は若者のハイセンスの香りがして好きである。私のパソコンの壁画も無断で彼女の絵を使わせてもらっている。お礼に昔撮った写真を印刷してお返しした。Photo_3
 もう一人学生時代の友から便りがあった。私はHPで「こころの便り」を公表している以外にパソコンをやっていない数人にこの便りを郵送している。この友もその一人である。彼は几帳面にもよく返事をくれる。便箋一枚に数行の文だが、これもうれしい。今朝はこんなことを書いてきた。
  「前略 「こころの便り」、拝読しています。大兄の精神力の強靭さには、つくづくと、また、しみじみと感じ入っています。これからも、前に向かって生きていかれんことを祈念して、お礼にかえさせていただきます。怱々」

| | コメント (0)

2007年10月 1日 (月)

またまた俳句

北海道にある俳句結社「道」に加わって8年ほどになる。一か月に一度5句を送るとその中から4句を選び、俳句誌「道」に掲載される。かつての職場の先輩S氏も会員である。雑誌が送られてくると3ヶ月前に送った自分の俳句と、この先輩の句を探す。なにせ30頁にわたって全国の会員の句が載っているのだから探すのも大変なのだ。ようやく見つけて先輩の今まだお元気に野山を歩き、お孫さんと日々を過ごす姿に慰めをいただく。
だが他の選評や指導に触れる機会はまったくない。そこでインターネット句会と地元の仲間との句会も始まったことでもあり、この会を退会することにしてその旨申し出た。
その矢先、今日送られてきた雑誌に小生の句が取り上げられ選評が書かれていた。なんとも皮肉である。その一文を掲げる。
  

子ら眠り浅蜊の潮吹き眺めをり         

 一読して、温かい家族の安らぎ、安堵感が膨らむ一句。浅蜊の小さな命と子供たちの大事な命の対比を親として同じ眼で眺めている作者。多様な子供がらみの事故、事件が多発している現状で、何かホット一息のつける句で、平明で句調も良く素直な句である。
  
 先輩はご自宅にも着いた雑誌でこの記事を見て早速「いい句ですね」とお電話をくださった。うれしいことである。

| | コメント (0)

« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »