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2007年9月 7日 (金)

神の愛

 「カラマーゾフの兄弟」の登場人物にゾシマ長老がいる。小説の極前のところで罪を告白した婦人に彼はこういう。

 「何も恐れることはありません。けっして恐れることもありませんし、思い悩むこともないのです。あなたのなかで悔いの念が涸れることさえなければ、神さまは何もかも赦してくださいます。そう、この地上には、真剣に悔いあらためているものを神さまがお赦しにならないほどの罪などありませんし、あるはずもないのです。尽きることのない神の愛を涸れさせてしまうほど大きな罪など、人間に犯せるはずがないのです。それとも、神の愛を超えるような罪が存在しえるとでもいうのでしょうか? 絶えることのない悔いの念にだけ心をくばり、恐れの気持ちなどすっかり追い払ってしまいなさい。信じることです。神さまは、あなたの考えもおよばないぐらいあなたを愛している。たとえあなたが罪に染まり、罪にまみれようと神は愛してくださるということを昔から言われています。天国では、悔い改める一人の人間にまつわる喜びのほうが、十人の心正しい人々に対する喜びよりも大きいとね。」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、p.134)

 神様の愛はなんと大きいものであろう。
 「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」(ヨハネによる福音書3章16節)と聖書にはあるが私たちには神様の愛を人の基準で判断してしまう。
 神様の愛を越えるほどの罪を人は犯すことができない、神様の愛は私たちの思いを越えている、この言葉は私を大きく包み込む。

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