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2007年8月14日 (火)

戦争体験

62年前の今日8月14日。この日は日本に爆弾が落とされた最後の日だ。その場所が私の街の周囲の市や町だった。この夜、家族に牽かれたリヤカーに乗って畑に避難した記憶は未だに脳裏にこびりついている。
それを文章にする。

62年前の8月14日深夜、私の村の周囲の空は真っ赤に染まっていた。東の熊谷や深谷、北の伊勢崎、前橋、また西の方角にある高崎などの市や町が米軍の空襲を受けて炎上していたのである。今にもその炎は私たちの村をも襲ってくるようであった。

危険を感じた家族は残された暗い空の方向、南に向かって避難することにした。8歳の私はポリオ後遺症で歩くことができなかった。

近所の人たちが急いで南に向かう中、家族は私をリヤカーに乗せてひいていくことになった。皆不安の中にいたことだろう。走って早く安全な場所にいきたかったに違いない。だが私をおいていくことはできなかったのだ。

どれだけ進んだのか今となっては定かではないが、私はリヤカーから下ろされ、おんぶされて桑畑の中に身を伏せたのだった。

途中、知り合いの老女に出会った。家族が、一緒に逃げようと声をかけたのだが、そのおばあさんは「死ぬなら家で死ぬよ」と言ってついてこなかった記憶がある。

昔は家族が多く、結びつきも強かった。隣近所との触れ合いもあった。

現代のように、核家族化し、強者中心の社会で戦争が起こったら社会的弱者は真っ先に犠牲になるかもしれない。それだけに弱さを持つ者が戦争につながる社会の動きにより敏感でありたいと思う。

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