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2007年5月 1日 (火)

一人の男の生き方

勤めはじめた頃の生徒の一人Kが現在60歳近くなって施設で生活している。中学生の頃からそうだったが、今でも周囲に気を遣い、ごくごく控えめに生きているらしい。
  
この彼をかつて同じ療育施設で生活していた仲間が数人、その当時の職員と共に群馬県の施設に訪ね、一時の歓談の場を持ったという。
昨夜はその職員だった人から電話をいただきK君が以前と同じような雰囲気を持って元気にしていた旨を知らされた。K君が教会に行っていることを告げ、信仰を与えられたのは私のお陰だと感謝しているとも教えてくれた。
  
今朝はまた、一緒に行った同級生からメールがあって、こう書いてきた。「施設は田んぼの真ん中で蛙の声が聞こえてきそうな処でした。人っ気の無い、職員だけで、私はこれでいいのか?もっと(他の)生き方があっていいのでは?世の中のことを活字でしか感じれない、もっと、肌で冷たさ暖かさ、人の優しさを感じ取れるのに、もったいないなぁ~って思いました。」
  
この同級生は東京に住み、結婚もし、ヘルパーの援助を受けながら、やりたいことを自由にやって生きている電動車椅子の女性である。こう感じるのも無理のないことだ。
  
二人の「教え子」の対照的な生き方を見ながら、この違った道が備えられた意味、そこを歩んできた二人の日々を思い巡らしている私である。

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