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2007年5月

2007年5月31日 (木)

風呂

風呂に入ろうとしてふたを取ってみて驚いた。お湯が入っていない。温度や時間を示すパネルも真っ暗だ。
すぐさっきの雷の結果だと気付いた。夕方一発ドカーンと閃光と共に大きな音がしたのだ。てっきり窓の外に落ちたと感じた。でも停電にはならないし、テレビも影響ないのでそれだけで済んだと思っていた。
  
孫たちはお隣さんへお風呂に入りにいった。わたしは念のためマニュアルを開いて対処方を探した。「湯沸かし器のコンセントを抜いてもう一度差し、それでだめなら業者に連絡を」とある。
妻に言って、感電防止のためゴム手袋をしてやってもらったが女の力では固くて抜けない。諦めて寝ることにした。
  
息子が帰ってきたのは11時を過ぎていた。彼は妻に言われてすぐに外に出てやってくれた。
お陰で風呂は復旧し、温かな湯に浸かって寝ることができた。
  
今夜も雷が来そうである。

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2007年5月29日 (火)

穴があく

娘がアルバムを取りに来た。結婚披露宴で映す原画探しをするためだという。
納戸のなかから埃を払って十冊ほど家内が持ち出した。わたしも書斎に保存していた「作品」を二〇枚以上出して見せた。
娘が生まれた直後からカメラに凝りはじめたので写真はたくさんの数になる。四つ切やそれ以上に伸ばしたものも多い。どれを見ても当時の力の入れようが伺われる。
しばらく眺めた後で娘は彼と一緒に重そうに車に運んだ。
もう一〇年以上も一緒に住んでいないので結婚するといっても実感が湧かなかったのだが写真がなくなってみると娘が私の生活圏から抜け出たことを認めざるを得ない。

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2007年5月28日 (月)

「まさか」という坂

ある牧師の講演原稿を整理した。人生には、上り坂、下り坂、それに「まさか」という坂があると先生は言う。片方の目ができないで生まれた男の子にであったとき、「まさか」私にという思いがしたのだ。
しかし、農夫である神様はその「まさか」の時を通して私たちを手入れなさると先生はおっしゃる。農夫はぶどうの木である私達がよい実をつけるようにと願っているからこそ手入をしてくださる。そして最後まで面倒をみてくださる。このことを先生はお子さんの成長を通して教えられたのだった。
私はよいときに原稿整理をした。私に「まさか」の時が与えられようとしている。

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2007年5月26日 (土)

お好み焼き

ネットで食品を探しているときに見つけた広島のお好み焼きが届いた。早速レンジでチンして妻と孫たちと食べてみると意外に美味しい。ソースも甘く、野菜がたくさん入っている。下の孫はお皿までなめる始末である。インスタント食品もここまで来たのだという感を強くする。ただ、送料がかかるのが難点である。2000円の買い物をして700円の送料はいただけない。
妻は精密検査が終わらないのにもう洗面道具や衣類などをせっせと準備している。部屋の片付けその他の身の回りの整理まで始めた。淡々とやるところがなんとも偉い。
私が一人であれこれと思い巡らしているようだ。人は困難に合うと最悪と最善の状態を考えると誰かが言っていた。その中間の現実を見据えて生きねばならないと私も自分に言い聞かせている。

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2007年5月23日 (水)

食品探し

独りで生活している障害を持つ方も多いだろう。その方々は食事の準備はどうなさっているのだろう。いつもメールで生活ぶりを知らせてくれる「教え子」Tさんは漬物からケーキ作りまで電動車椅子に乗って自由自在にやっているがこんな人は例外かもしれない。
今朝はインターネットで簡単に作れる食品探しをした。電子レンジでチンするだけで食べられるものを検索したのだ。すると世の中便利になったもので、一週間分のおかずをセットにして販売しているところがあった。低カロリーで一食分のおかずも何品か含んでいる。魚、野菜、肉も適度に按配している。
まだ注文はしていないが必要な時にはオーダーしてみようと思う。

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2007年5月21日 (月)

祈る人がいる幸せ

定期診察に言っている妻から電話があった。「ひっかかったよ」。
もう4年が経過しているから大丈夫だと思っていた。だがCTで影があるという。「今迎えに行く」と電話を切って、しばらく体が静まってしまった。
神に祈りを捧げた。一人ではなかったことに気付いた。私には祈る相手がいる。
来週精密検査を受ける。

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五月の投句

特養の姉妹は見ずやひなげし赤し
 
いちご詰め子らは筵で眠りをり
 
柿若葉神の恵みに照り映える
 
五月晴れ友の文読む芝生かな
 
スーパーに幟はためき燕来る

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2007年5月20日 (日)

感謝

昨年5月18日にカウンターを設置してから5300を越えるアクセスをいただいた。なんと多くの方々に読んでいただいていることだろう。心から感謝したい。
どなたが開いてくださっているかは皆目わからないのだが、それでもアクセス記録を見ると毎日の方もいるし、中には1日に複数回の人もいるらしい。
小生は家に1人でいることが多い。書くことも限定される。しかし、こうして毎日書き込むことによって生活にリズムが生まれ、また外に関心も向く。
その気力を支えてくださっているのは訪問者である。感謝。

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2007年5月19日 (土)

アミューズメント

国道沿いに大きな工事が行われていた。最初はショッピングセンターができるという噂があったので、その本部にできた暁にはバリアフリーをよろしく、とメールを送ったのだが、私どもは開店の計画はありませんとの返事が来た。
次に噂に上ったのは家電量販店だった。これにも期待した。
ところが先日ベールがはがれ、なんと遊興場が姿を現したのだった。がっかりである。
この町には既に何百台も車が入る同様の遊技場が他にもあるし、小さなものを含めると数え切れない。
午前その前を通りながらいったい今この町でゲーム機の前に座ってジャラジャラチーンと音を鳴らして夢中になっている人は総勢何人いるのだろうと想像してみた。
定年が早くなり、家にいてもすることのない人は結局こうしたところで時間をつぶすことになるのかもしれない。

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2007年5月18日 (金)

縦型社会になる教育現場

教育関連3法案が、午後の衆院本会議で自民、公明の賛成多数で可決された。朝日新聞は今後教育界もこの法案によって縦型社会になるだろうと危惧している。それは副校長、主幹教諭、指導教諭などを置くことができるようになるからである。

いったい縦型の関係で教員の指導ができると為政者は考えているのだろうか。指導は教科について言えばその専門の教員でないとできないし、一般的に見れば教科の指導観によっても大いに異なってくる。子供の人格の指導となると、30年の教師経験があっても「専門家」と自認することなどできないのが普通である。第一どんな場面で主幹や指導教諭が若手の教師を指導するというのだろう。授業場面に入り込んで観察するわけでもあるまい。

「指導」は求められて、または協同の研究として行われるものである。教員は自らが窮すれば指導を仲間に求めるし、よりよい指導法を仲間と共に学ぶものである。

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2007年5月16日 (水)

叔父を訪ねる

母方の叔父、叔母でご存命な方は一人になってしまった。母の妹のご主人である。もう90歳になる。
一昨日、4人いた兄姉の中でただ一人残っているMちゃんとその叔父を訪ねた。いつもは戸を閉じてひっそりと暮らしておられるのだが、その時は洗濯物を取り込み中だったのでガラス戸が開け放たれていた。
お茶を入れようとされたのだがそれをお断りして縁側に座って昔話やお互いの家庭の様子を話し合った。その最中、何度も、よく来てくれたね、と私たちの訪問を喜んでくれた。
今は平日は外出することもなく過ごしているという。それにしては会話もしっかりしているし記憶力もよい。それは土曜日にはゲートボールに出かけるからだとのこと。息子は危ないからタクシーを使えと言うが歩いていくのだそうだ。ホールインワンを出すと賞品にゴミ袋を三枚もらえる、これが楽しいと言って笑った。
わたしを大変心配してくれた叔母さんを亡くして14年になる。叔母さんは最後の3年ほどは認知症が進んで、トイレに連れて行ってあげても、「あんたはどこの方だっけね」と言ったそうだ。奥さんに先立たれると参ってしまう男性が多いのに叔父さんがこんなにしっかりしているのは叔母さんの世話を引き受けているうちに自立の力を与えられたからかもしれなかった。
Mちゃんは叔父さんの手を握って、またくるからね、を何度も繰り返して帰りの車に乗った。

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2007年5月13日 (日)

貧しい人は幸いである

イエスは貧しい人は幸いだ、とおっしゃった。これは一般論ではない。貧しいことが幸いだというのではないのだ。そうではなくて、目の前の貧しい人を指して、あなた方は貧しいがそのあなた方は幸いだと祝福したのである。
ガリラヤの人たちは皆貧しかった。漁師も、羊飼いも、女たちも極貧の生活にあえいでいた。だからその人たちには祭司や律法学者のように毎日の生活で律法に従う生活はできない。信仰的に神の御心に沿うことができないとされた。旧約聖書では貧しいとは抑圧されたという意味がある。
イエスはこの人たちこそ救いの対象にし、神の御手が伸べられる人たちだと言って、あなたたちは幸いだと言ったのである。
現在も抑圧された人は多い。その人たちが神を見出し、祝福に与ることを願う。

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2007年5月11日 (金)

友の投書

丘修三さんが今朝の朝日新聞投書欄に声を寄せている。「21の社説読み励みになった」という題である。
丘さんは児童文学作家である。どこの図書館でも彼の著作は30くらいはあるだろう。
彼は正義感の強い、人情こまやかな人で、また多彩な才能の持ち主でもある。
先日会った時に新聞で意見発表をもっとしてほしいとお願いしたのだが、それが今朝早速現実になった。
私はうれしくて、こんなメールを彼に送った。

朝日新聞で投書、読ませてもらいました。
こうした声が載るとうれしいです。
わたしも憲法記念日特集、「提言 日本の新戦略」「21の社説」の2、3は読みましたが全部を読む気力はありませんでした。朝日は憲法擁護の姿勢は見せていますが、徹底的な平和主義、国の交戦権の否定などでどこか妥協的な面を持つような気がしてなりません。
今朝の投書の最後に、自衛隊の存続との整合性をつける名目で憲法そのものを改定すべきでないと書いておられましたが、これにはまったく同感です。
識者の中に現状と乖離しているのはよくない、憲法を改定することが現実的だと言う人が多くなっているようですが、どんなに隔たってもあるべき姿は掲げておくことが必要ですね。
新緑の季節、お体をいたわってお過ごしください。

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2007年5月10日 (木)

かたばみ句会

2回目の句会。和気あいあいのうちに2時間が過ぎる。
今日の多点句。
片栗やこもれ陽浴びて丘の道        洋子
春耕や鍬の焼印うすらひて           洋子
ひと日旅帽子ほしがる春の風        由太郎
ボランティアもぼたん好きなり牡丹寺   いく
春の風邪嫁との絆深まれり          いく
囀りを抱く大樹の暮れかかる       由太郎
春風や思ひのままにアドバルン      洋子
帰り道、皆で牡丹寺を訪ねたがもう花の盛りは過ぎていた。

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2007年5月 9日 (水)

雛罌粟(ひなげし)

畑一面雛罌粟光り特養建つ
特養の姉妹や見ずやひなげし赤し
  
祈りの会Pa0_0005_1が終わって車を走らせているとひなげしの畑に出会った。色とりどりの花が畑一面に咲いて、 風に揺れていた。S・M姉妹が住んでいる特別養護老人ホームの前だった。畑を休ませておくと土地がやせるので植えているのだろう。姉妹は一人ここにお住まいになって時には窓をいっぱいに開けてこの花を見ているのだろうか、その先を通る新幹線の光る車体を見ているのだろうか、こんなことを思いつつ畑の周りを一周した。

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2007年5月 8日 (火)

鞄の中に

Photo_21泌尿器科にしばらくぶりに行った。珍しく患者が少なく、医師とゆっくり話すことができた。以前もらった薬の影響で肝臓の数値が上がったことを相談したのだ。
鞄に入れていった血液検査のデータを見せようと中を探していると先日職場の仲間と行った秩父の宿の箸入れが出てきた。捨てるのは惜しいからここに残しておこう。
医師は薬を替えましょうと新しい薬を処方した。そして前立腺肥大は白髪が増えるのと同じで男性、 歳を取ると誰でもなるんですよ、と丸顔に笑みをたたえて話してくれた。

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2007年5月 6日 (日)

雨の日

一日雨。現職中なら礼拝は欠席するところだが今は雨でも出席したい思いが強い。苔が少し出てきたスロープを小刻みに歩いて車に乗る。
礼拝には多くの方が出席しておられた。最も高齢の方は90歳である。最近少し具合がよくなったのかしばらくお休みしていた婦人も見えていた。
聖餐に与り、少し長めの礼拝を終えるといつものようにSさんが近づいてこられ小さい字で書かれた紙片を見ながら信仰に関しての質問を投げかけてきた。Sさんは聖書や讃美歌の言葉一つ一つが気になると見えて、これは怖くないですか、とおっしゃる。怖くないですよと答えると、それで安心するらしく、ではまたお願いしますと言って離れていく。
帰り道、90歳の方をホームにお送りし、もう一人の婦人を5キロメートルほど離れた郷のご自宅までお連れして、雨が一層ひどくなった国道を帰路についた。

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2007年5月 4日 (金)

今日の一句

柿若葉神の恵みに照り映える
 
「道」俳句会の雑誌2月号に応募した俳句「撮られるを待って飛び立つ菊の蝶」が一人の幹部の方の目に留まって感想が書かれていた。
    
「菊の蝶」とは大胆。菊に止っている蝶で、秋の蝶のことか。又は菊の蝶で載っている歳時記があるのだろうか。シャッター音に驚いて飛び立ったのを「撮られる」のを待ってと自分本位に捉えたのが面白い。ならば美しさに自惚れている夏の蝶が相応しいか。(大谷 博光)

この句には昨年の秋、コメントが入り、こう指摘されている。「「菊の蝶」ですが「菊」は秋、「蝶」は春の季語でこういう季重なりは焦点がぼやけるのではないでしょうか この句の焦点は蝶にあると思いますので菊をとって「秋の蝶」または「冬の蝶」がどうでしょう。」
 
私の句意は大谷さんの選評のとおりなのだが、後者の評の指摘も無視できない。

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2007年5月 3日 (木)

初夏

Photo_20ハルちゃんのテニスを見に行った。先週、木曜日、孫たちと遊技場で卓球をしたとき胸を台に打ち、それ以来痛みが出て昨日あたりから車の乗り降りも大変なのだが、あまり家ばかりにいるのもよくないので出かけたのだ。
隣町の公園は緑がいっぱいで、テニスコートの周辺も木の陰があちこちに伸びていた。残念ながら階段があってコートには近づけなかったが、道路からハルちゃんの姿はよく見えた。
毎日練習しているだけあって、だいぶ上達したようだった。結果的には3戦3敗だったが年齢制限のない試合なのでこれはやむをえない。
昔むかし、父とお祭りに行ったとき朱塗りの太鼓橋があった辺りがすっかり様変わりしてテニスコートもできたのだ。帰り道その記憶をたどって坂道を上ると、水に濡れた石垣が樹木の下に姿を現し、かすかに私の郷愁を満たしてくれた。

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2007年5月 2日 (水)

祈りの会で

讃美歌21、361番。第三節
 この世はみな 神の世界
 悪魔の力が 世に満ちても
 わが心に 迷いはなし
 主こそがこの世を治められる
  
聖書箇所 コリントの信徒への手紙Ⅱ4章16節から。
ここには困難に直面するパウロの信仰が披瀝されている。パウロは「わたしたちは落胆しません」と言う。それは「外なる人」は衰えていくとしても、「内なる人」は日々新たにされるし、「 わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するから」である。
また、肉体を持つわたしたちはその上に天から与えられる信仰を着ていると言い、苦難を負っていることに意味を見出し、それを越える天からの衣をいただいている幸いを述べている。
  
上掲の賛美歌とあわせよいメッセージをいただいた祈りの会であった。

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2007年5月 1日 (火)

一人の男の生き方

勤めはじめた頃の生徒の一人Kが現在60歳近くなって施設で生活している。中学生の頃からそうだったが、今でも周囲に気を遣い、ごくごく控えめに生きているらしい。
  
この彼をかつて同じ療育施設で生活していた仲間が数人、その当時の職員と共に群馬県の施設に訪ね、一時の歓談の場を持ったという。
昨夜はその職員だった人から電話をいただきK君が以前と同じような雰囲気を持って元気にしていた旨を知らされた。K君が教会に行っていることを告げ、信仰を与えられたのは私のお陰だと感謝しているとも教えてくれた。
  
今朝はまた、一緒に行った同級生からメールがあって、こう書いてきた。「施設は田んぼの真ん中で蛙の声が聞こえてきそうな処でした。人っ気の無い、職員だけで、私はこれでいいのか?もっと(他の)生き方があっていいのでは?世の中のことを活字でしか感じれない、もっと、肌で冷たさ暖かさ、人の優しさを感じ取れるのに、もったいないなぁ~って思いました。」
  
この同級生は東京に住み、結婚もし、ヘルパーの援助を受けながら、やりたいことを自由にやって生きている電動車椅子の女性である。こう感じるのも無理のないことだ。
  
二人の「教え子」の対照的な生き方を見ながら、この違った道が備えられた意味、そこを歩んできた二人の日々を思い巡らしている私である。

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