« イエスの癒し | トップページ | すきだよ。 »

2007年3月20日 (火)

余裕の恩恵

このところ疲れが取れず体が安定しない。理由はわからないが、対処の一つとしてパソコンは午前だけにすることにした。
昨日、午後をのんびり過ごそうとして「信徒の友」をめくっていた。この雑誌は教会の「祈りの会」で使うだけでほとんど「積読」である。ところが4月号から紙面が一新し読みやすくなっていることに昨日は気付かされた。相変わらず権威者の信仰論は載っているが新企画も加わったし、レイアウトも親しみやすくなったのである。俳句や短歌のページがゆったりとして、明るくなってもいた。
その中でかつて在籍した教会の牧師TのH氏との対談「死生学を通して復活の希望を考える」に出合った。牧師はこう言っていた。人は苦しみ、悲しみながら生きて、また死んでいくが「教会のすべきことは、そこに、神さまの『大きな物語』をきちんと示すことではないでしょうか」。
これは私流に解釈すれば私の存在を神さまの大きなご計画の中に位置づけるということだ。悩みも苦しみもみな神さまとの関係の中にある。けっして私ひとりの出来事としてむなしく終わっていく事柄ではないということだ。このようなことに気付かされたら人は大きな慰め、励ましをうけるだろう。

|

« イエスの癒し | トップページ | すきだよ。 »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« イエスの癒し | トップページ | すきだよ。 »