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2007年2月 2日 (金)

奥様を亡くされた友へ

主に御栄えのありますように。
暖冬とは言え朝晩は寒さが厳しく、体の調子も定まらないこのごろですがいかがお過ごしですか。
先日はお葉書をいただきながらなんらお返事を書きもせず本当に申し訳ありませんでした。書かねばならない、と思いつつも書くことができませんでした。いったい私に貴兄の悲しみが分かるのだろうか、お慰めする言葉があるのだろうか、そう自問しながら日々が過ぎでいたのです。
私は妻が肺がんで入院している間ひとりで家にいた経験があります。一か月もしない間でしたが夜などは寂しく、不安でたまりませんでした。その時高校時代の友が夜中でもいつでも電話してきていいよ、と言ってくれたことがどんなにか慰めになったでしょう。
帰ってくることが期待できる妻さえもこのような有様です。貴兄はもう二度とお会いできない遠くに奥様を送ってしまわれ、しかもあまりにも突然に、外からの強い力で奪われてしまったのですから貴兄のお気持ちは私の想像の限界を超えているに違いないのです。
私にできることは神様に貴兄とご家族の皆様を慰め、支えてくださいとお祈りすることだけです。神様のなさることは私たちには理解できないことが多いですが、しかし、神様はご存知でいらっしゃる、すべてのことをご計画の中に覚えておられる、私にそう心から信じる信仰をお与えくださいと祈るだけです。
牧師というお立場にはおられますが、どうぞ率直に感情を周囲の皆様に投げかけ、心安くお過ごしくださいますように。
教会の皆様が貴兄のよい支えとなってくださることを信じつつ。                    

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