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2007年1月31日 (水)

イエスの愛がある

「むしろ、あなたがたは、その人が悲しみに打ちのめされてしまわないように、赦して、力づけるべきです。そこで、ぜひともその人を愛するようにしてください。わたしが前に手紙を書いたのも、あなたがたが万事について従順であるかどうかを試すためでした。あなたがたが何かのことで赦す相手は、わたしも赦します。わたしが何かのことで人を赦したとすれば、それは、キリストの前であなたがたのために赦したのです。わたしたちがそうするのは、サタンにつけ込まれないためです。サタンのやり口は心得ているからです。」(コリントの信徒への手紙Ⅱ 2章7節から11節)

「祈りの会」でコリント書を学んでいる。今朝の箇所は上掲のところだ。ここで、パウロは喜びと悲しみを取り上げるのだが、信仰によって悲しみは喜びに変えられることを教えている。牧師は既にわたしたちは赦されているのだから相手を赦すことができるのです、と今朝語った。コリントの人のなかには様々な不信仰があってパウロを悲しませた。その人たちは教会の人からも非難された。しかし、「その人が悲しみに打ちのめされてしまわないように、赦して、力づけるべきです。そこで、ぜひともその人を愛するようにしてください。」とパウロは言う。それは私たちの努力でも力でもなく、私たちもイエスに愛されているからなのである。

弱い人の作る教会はこうして神の愛によって導かれるのだ。

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