« 金柑 | トップページ | 賀状から »

2007年1月 7日 (日)

新年礼拝

礼拝に参加し聖餐に与った。聖餐はイエスの十字架を偲ぶよい機会である。十字架を覚えることは主の愛を覚えることでもある。
十字架は愛の極みである。その苦しみを思うにはパンを味わっていただかねばならない。葡萄液も今朝はゆっくりと喉を通した。イエスの肉の痛み、血を流す苦しみを具体的に感じるためである。
  
そのイエスにわたしたちは用いられている。今日歌った讃美歌21の512番の最後にはこう書かれている。「わたしのうちに あなたが住んで みむねのままに 用いてください」
わたしたちはいかに弱くとも、力がなくとも心配することはない。わたしの中にイエスの霊が宿って、イエスが働いてわたしたちを動かしてくださる。体が不自由なものは他に代え難い者としてイエスは喜んで用いてくださるに違いないのだ。讃美しながらこの自由さと嬉しさをわたしは喜んでいた。

|

« 金柑 | トップページ | 賀状から »

「信仰」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/136400/13369091

この記事へのトラックバック一覧です: 新年礼拝:

« 金柑 | トップページ | 賀状から »