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2006年12月21日 (木)

アドベントの日々 21

らくだをおく。
 聖句  そこで、ラバンは言った。「おいでください。主に祝福されたお方。なぜ、町の外に立っておられるのですか。わたしが、お泊まりになる部屋もらくだの休む場所も整えました。」
その人は家に来て、らくだの鞍をはずした。らくだにはわらと餌が与えられ、その人と従者たちには足を洗う水が運ばれた。(創世記 24の31、32)
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らくだは新約聖書にはほとんど出てこない。上掲の聖句はアブラハムの息子イサクとリベカの結婚にまつわる話の中の一部である。僕がイサクの嫁を探しにらくだを連れて旅に出てリベカに逢い、兄のラバンが僕を家に招くところである。らくだはここでは大事な役を果たしているし又それにふさわしいもてなしも受けている。温かみのある話である。
東方の博士たちがらくだに乗ってベツレヘムにやってくるのは聖劇ではおなじみだがこれは当時らくだが大事な移動手段だったことから生まれた話だろう。

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