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2006年11月29日 (水)

人を大切にする

「教え子」SB君のご両親からお手紙をいただいた。SB君が亡くなって7回忌の法要を先日行いましたとのことだった。手紙を見て、わたしは申し訳ないことをしたと悔いた。彼のことを忘れていたのだ。6年前の11月28日、彼は21歳の若さで天に召されたのだった。彼とその御家庭の21年間はすばらしく、わたしはそのことを昨年の11月にはある小学校で子どもたちに話してあげたりまでした。それなのにもう彼の亡くなった日を忘れている。
  
同じ年の11月初めには島崎光正さんも召された。その日わたしは息子に連れられて妻と長野県塩尻のご家庭を訪ね、兄の枕元で穏やかに眠る姿に触れ、祈りを捧げた。それから何年か後には友人と島崎さんのお墓に参ったり、母校や教会を訪れたこともあった。また残された奥様のことを気遣ってお電話をしたり手紙も書いた。島崎御夫妻はわたしの信仰生活のかけがえのない友であった。
  
だが、SB君のことを忘れていたように今月島崎さんを思い出すこともなかった。自分の毎日がわたしの心を占め、他の人を思うことをしていなかった。自分を優先し友のことを思うことを忘れていた。このことに気づかせてくれたSB君のご両親に礼を言おう。

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