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2006年11月22日 (水)

落ち穂

 泌尿器科は2階の隅にあるので外の様子がよく分かる。遠く新幹線が走る様子やインターを降りてくる自動車の列などである。
 近くに目を移すとそこは田である。収穫を終えた田には切り株が雨にぬれていたが、そこに動くものがあった。よく見るとそれは鳥である。ムクドリらしいものが数羽まだ水が少し残る田で盛んに何かをついばんでいるのだ。その動作は一向に止む様子がなかった。多分鳥たちの食べていたものは収穫の時こぼれた稲であろう。人間がコンバインで田の恵みを刈り取っていってしまった後にわずかにこぼれた穀物を鳥たちが生の営みとしてこつこつと拾っているのだ。
 聖書の世界でも落ち穂の話が出てくる。レビ記23章22節には「 畑から穀物を刈り取るときは、その畑の隅まで刈り尽くしてはならない。収穫後の落ち穂を拾い集めてはならない。貧しい者や寄留者のために残しておきなさい。わたしはあなたたちの神、主である。」と書かれている。
 神は自然が与える恵みを独り占めにしてはいけない、どんな弱さを抱えている人にもその恵みに与らせなさいと言っているのだ。
 強力なコンバインという機械に象徴されるように現代では高利潤を得る人は頑固な力や組織を持っている。そして、そこからは貧しい人や寄留者は生活の糧を拾うことさえ許されない。落ち穂拾いをしたルツが周囲の者に顧みられたように弱い貧しい人たちがみんなの中で一緒に生きられる社会が来てほしいものだ。

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