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2006年11月 1日 (水)

キリスト者の自由

(15章54節)この朽ちるべきものが朽ちないものを着、この死ぬべきものが死なないものを着るとき、次のように書かれている言葉が実現するのです。「死は勝利にのみ込まれた。死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前のとげはどこにあるのか。」死のとげは罪であり、罪の力は律法です。わたしたちの主イエス・キリストによってわたしたちに勝利を賜る神に、感謝しよう。わたしの愛する兄弟たち、こういうわけですから、動かされないようにしっかり立ち、主の業に常に励みなさい。主に結ばれているならば自分たちの苦労が決して無駄にならないことを、あなたがたは知っているはずです。

 今朝の祈りの会で与えられた御ことばはこのコリント人への第一の手紙だった。人の死という棘の痛みは罪からであり、その罪は旧約で神から与えられた律法によって罪となる。新約の時代、イエスの下に生きるわたしたちは、この罪を背負ってくださったイエス、十字架についてくださったイエスの恵みの下に生きている。だから自分の力でがんばって罪から解放されようと努めたり、そうできない自分に失望することはない。「主の業に常に励め」ばいいのだ。「主に結ばれているならば自分たちの苦労が決して無駄にならないことを、あなたがたは(わたしたちは)知っているはず」だからである。

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