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2006年11月

2006年11月30日 (木)

数字化される怖さ

今朝も中学生の自死の知らせがニュースに載った。やりきれない思いである。
誕生し、家族に迎えられ、友達ができ、病気をして親に世話をされ、新しい経験を次々と重ね、体が大きくなり、電車に乗っても一人前の座席をどんと占めるようになった少年、少女。その確かな存在の一人がある時を境に見えなくなってしまう。
ニュースを見聞する度に心配になるのは、その人だけの固有の生き方をしてきた一人一人が何人目という数に置き換えられたり、そこに起きた出来事は書き切れない内実を持っていたはずなのに「中学生の自殺」とか「いじめ」という言葉に単純化され人々の心に蔓延していくことだ。
単純化され一般化された情報は新しい世界を作る力を持たないだろうしそれゆえ情報に接した人を作り変えることもしないのではなかろうか。

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2006年11月29日 (水)

人を大切にする

「教え子」SB君のご両親からお手紙をいただいた。SB君が亡くなって7回忌の法要を先日行いましたとのことだった。手紙を見て、わたしは申し訳ないことをしたと悔いた。彼のことを忘れていたのだ。6年前の11月28日、彼は21歳の若さで天に召されたのだった。彼とその御家庭の21年間はすばらしく、わたしはそのことを昨年の11月にはある小学校で子どもたちに話してあげたりまでした。それなのにもう彼の亡くなった日を忘れている。
  
同じ年の11月初めには島崎光正さんも召された。その日わたしは息子に連れられて妻と長野県塩尻のご家庭を訪ね、兄の枕元で穏やかに眠る姿に触れ、祈りを捧げた。それから何年か後には友人と島崎さんのお墓に参ったり、母校や教会を訪れたこともあった。また残された奥様のことを気遣ってお電話をしたり手紙も書いた。島崎御夫妻はわたしの信仰生活のかけがえのない友であった。
  
だが、SB君のことを忘れていたように今月島崎さんを思い出すこともなかった。自分の毎日がわたしの心を占め、他の人を思うことをしていなかった。自分を優先し友のことを思うことを忘れていた。このことに気づかせてくれたSB君のご両親に礼を言おう。

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2006年11月28日 (火)

靴修理

 06112813pa0_0031 障害を持っている人は市販のものでは用を足せないことが多い。わたしの靴もそうである。左右の足の長さが違うし大きさも異なるので特注しなくてはならないのだ。
 こちらに来てから赤城山の麓の補そう具製作所に依頼して一足作った。だが、毎日履いている靴は以前東京にいるときに作ったものである。どうもこちらのほうが歩きやすいのである。
 その靴が四六時中履いているので底がへんに偏って磨り減ってしまった。歩くと足首が曲がって着地し、痛みまで出る始末である。簡単にそこいらの靴屋さんで買って新しくなるものならそうしたいのだがこれはできない。
 今日は朝から靴の修理にかかった。以前剥がしてあった靴底をやすりをかけて平らにして、ボンドを買ってきてもらって接着したのだ。今乾かしている最中である。うまく歩けるような靴になったかどうか。明日まで待って履いてみようと思う。

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2006年11月27日 (月)

少しずつ

 「こころの便り」の発行はわたしの定められた課題である。月に二度限られた読者の許に送っている。こうして少しずつ書き連ねていくことがわたしの生活を支え、精神を持続させ、課題を見出す契機となり、また社会的な交わりを形作ることになっていく。
 限られた読者と書いたが今ではインターネットを通じてわたしの確認できない方にまで読んでいただいているのでこの表現は正確ではない。これは以前郵送やFAXで送っていた方々を念頭に置いた表現である。今でもFAXで5人の方にはお送りしている。
 今日は先月豊島岡教会で説教した原稿を公表し、HPにもアップした。この作業だけでも半日はかかる。
  
 午後はH先生からいただいた久保田暁一著「中江藤樹」を読んだ。久保田氏は「だるま通信」を時折送ってくださる近江の方である。この種の本を読むことはめったにないのだが先日から時間が空いたので開いてみたのだ。久保田氏がキリスト者であり、また教育者でもあったりして、その観点から中江藤樹を説いているので藤樹の人柄が少しは理解できた思いがしないでもない。秀吉の時代の思想家としては驚くほど近代的な人間観の持ち主であるようだ。教育者としても注目すべき側面を持っている。
 もう少し読み続けてみようと思う。

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2006年11月26日 (日)

バザー疲れ

 いつも決まって礼拝に来るSさんが今日は休みだった。姉妹はお歳だからもう一人では来られないので娘さんが車で送ってくださったり、タクシーで来たりして礼拝を守っているのだ。
 バザーでは品物の整理や値段付けは疲れるからと言って教会に残ることをしないで家に帰りアップルパイを焼いて当日もってこられた。そしてご自分の作ったパイの売り場を受け持ってくれたのだが今年はNさんが何種類ものクッキーを焼いてこられ同じテーブルにいっぱい並べた。だからSさんは忙しくお客さんの求めに応じてお金の勘定をしたり袋に詰めたりしたのだった。
 Sさんは祈りの会の常連だが、ご自分の番が来て祈る時になると、祈りの会に参加できる体力と気力を今日も与えてくださってありがとうございます、と決まって健康であることの感謝を捧げる。
 それくらいもう体がつらいのにバザーでがんばったのできっと後で疲れが出たのだろう。Sさんだけでなく多かれ少なかれ皆疲れたのだが、でも、今日の礼拝には大方の人は出席された。Sさんが早く疲れをいやされまた祈りの会や礼拝に来てほしいものである。

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2006年11月24日 (金)

投句締め切り日

 投句締切日にはいつも悩まされる。5句できていないのだ。今回も同じである。手元に暖かな冬日が当たる部屋でパソコンに向かいながらなんとか5句をそろえて投句用紙に書き込んだ。
  
 撮られるを待って飛び立つ菊の蝶
  
 柿紅葉メールに添へて送りけり
  
 山茶花の咲いて娘の歳数ふ
  
 紅葉をカメラがたくさん見あげてる
  
 暮れ早しバザーの片付けそこそこに

 

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2006年11月23日 (木)

バザー終わる

 Bazaal 準備してきた教会バザーが無事終わった。昨日の天気予想は曇り、時々雨だったが今日は薄日まで射してありがたかった。
 11時から13時半までのバザーだが年齢を重ねた人が多い現状ではこの時間幅が精一杯である。クッキーをたくさん焼いてきた方もいるし、普段は教会に来られない方も今日は身を粉にして働いていた。
 何より救われるのは皆さんが明るく、楽しそうに奉仕していることである。台所でカレーライスを用意するにしても、野菜を玄関先に並べて販売するのにも会話を楽しみながらやっていた。
 収益は昨年に及ばないらしいが一つのことをなし終えた満足感は十分である。明日以降は通院の予定もないし教会での集会もない。宿題になっている会報「キ障協」の校正をゆっくりやることにする。

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2006年11月22日 (水)

落ち穂

 泌尿器科は2階の隅にあるので外の様子がよく分かる。遠く新幹線が走る様子やインターを降りてくる自動車の列などである。
 近くに目を移すとそこは田である。収穫を終えた田には切り株が雨にぬれていたが、そこに動くものがあった。よく見るとそれは鳥である。ムクドリらしいものが数羽まだ水が少し残る田で盛んに何かをついばんでいるのだ。その動作は一向に止む様子がなかった。多分鳥たちの食べていたものは収穫の時こぼれた稲であろう。人間がコンバインで田の恵みを刈り取っていってしまった後にわずかにこぼれた穀物を鳥たちが生の営みとしてこつこつと拾っているのだ。
 聖書の世界でも落ち穂の話が出てくる。レビ記23章22節には「 畑から穀物を刈り取るときは、その畑の隅まで刈り尽くしてはならない。収穫後の落ち穂を拾い集めてはならない。貧しい者や寄留者のために残しておきなさい。わたしはあなたたちの神、主である。」と書かれている。
 神は自然が与える恵みを独り占めにしてはいけない、どんな弱さを抱えている人にもその恵みに与らせなさいと言っているのだ。
 強力なコンバインという機械に象徴されるように現代では高利潤を得る人は頑固な力や組織を持っている。そして、そこからは貧しい人や寄留者は生活の糧を拾うことさえ許されない。落ち穂拾いをしたルツが周囲の者に顧みられたように弱い貧しい人たちがみんなの中で一緒に生きられる社会が来てほしいものだ。

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2006年11月21日 (火)

紅葉いっぱい

 病院通いが続き、その合間を縫って教会バザーの準備。いささか疲れたので今日は遊びにいくことに決めた。
 
 桜山公園はかなりの山道を登らねばならなかった。知らずに出かけたからいいようなものの、もうあの道をたどるのは御免である。
  
 06112112img_0240__1 駐車場近くに日本庭園があった。一眼レフカメラをかかえて多くの人が紅葉美を写そうと構えていた。年配の方が多い。以前撮影旅行に出かけたときの思い出が甦り、ついその方たちに声をかけたくなる。滝が落ちるところでは「スローシャッターで撮ったらおもしろいですね」という具合にである。
 池の周りを巡って何枚かの写真を先日購入したデジカメで撮った。真っ赤に色づいた楓の葉が逆光を浴びて美しかった。桜も咲いていたがまばらに木に付いている感じである。
 妻とゆっくりと過ごした半日であった。

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2006年11月20日 (月)

白内障と前立腺肥大

 表題の病気が直接関係あるわけではない。ただ、両者とも年を重ねると起こりやすくなる点では共通している。もっとも後者は男性だけであるが。
  
 今日はそういうわけで両科にかかってきた。
 白内障の手術をすると眼内レンズを入れる。その結果世界が明るくなる思いをするのだが、所詮人口のレンズである。欠点もあるのだ。今日は医師と話し、そのことを確認することができた。
 最近感じることだが、病院のような大きな建物に入り、電光掲示されている文字を見るとそれがにじんで見える。夜の道を走っていても、近くの信号はしっかり見えるのに遠方の外灯やイルミネーションがぼやけている。これは医師の言うことには眼内レンズの性格で現在ではクリアーしようがない。
 眼内レンズにも二種類あって私の場合は遠用を用いた。これは視力表を正確に判別できるように焦点が合わせてあって、それより遠く、また近くではピントが合いにくいとのことである。
 この欠点を知りながら生活しなければならないらしい。
  
 前立腺肥大の診察にはどうも躊躇する。病院にいくこと自体、決心が要る。だが、夜の頻尿や陰部の不快感が強くなると行かざるをえない。それでも若い頃に比べると受診の緊張感も若干弱まったような気もする。
 診察の結果肥大もそれほどでなく、尿検査も問題なかった。薬を二週間分もらって、PSA検査のための採血をして帰ってきた。次回には残尿検査をエコーを用いてやるとのことだ。
 寒くなると頻尿に悩まされるのはいつものことだが、外出や公共交通機関の利用を控えるようになってくるのが頭痛の種である。
 車椅子に乗っているいる人はいつもお尻を圧迫されているがこれも泌尿器の働きに影響するのかもしれない。
 

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2006年11月18日 (土)

医師の判断

 昨日は一日がかりの通院だった。医師との面談は10分もないのだが待ち時間や採血、会計処理で3時間。それに通院が往復2時間。三ヶ月に一度の検査だから仕方ないとしてももう少し簡単に済めばありがたい。
 今回の主治医は前回の方と違って検査を多くする。今日はウイルス検査、胃カメラ検査、CT検査を予約するようにとのことでそのとおりにした。幸い前回の検査ではウイルスは発見されず、GOT、GPTともに基準内に納まっていた。
 それにしても前の医師はもう通院する必要もないと言っていたのに今度又こうして検査が多くなったのは同じデータでも医師によって判断が異なるということだろう。肝臓内科の医師が数人いるのだからミーティングをして所見を統一すればいいのに日本の医学会ではなかなかそうはいかないらしい。

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2006年11月16日 (木)

記念会に寄せて

先日はお電話くださり本当にありがとうございました。久しぶりに声を聞けてとても嬉しく思います。体のほうは順調に回復しているようですが、さて、心のほうはどうなることでしょうね。手術室に入り、まるで宇宙基地のようで、医師、その他のスタッフが宇宙人のように見えました。まるで別世界でした。目覚めたとき「生まれ変わった」つもりになっていこうと思いましたが……。どこまでつもれるかなあー。シャローム

自分の事ばかり書いてしまってごめんなさい。貴兄も同じ戦いをしているのですね。ともにがんばりましょう。でもその上に「テキトーニ」という言葉をあえてつけておきたいと思います。

10年前に天に召された姉妹の記念会が近く東京・高田馬場において開かれる。この姉妹とは長い間教会生活を共にし親しく交わりを持った。ガンに侵されて病床にあるときにも何度か訪ねていた。この手紙はその過程で頂いた1枚であろう。

この22日には彼女の人柄をしのんで親しい人が集う。私は残念ながら参加することができない。そこで今日出てきたこのはがきの文面といっしょに次の挨拶を添えて記念会を世話してくださる兄弟にFAXを送った。
  

主の御名を賛美します。

書棚からSさんのはがきがでてきました。記念会に合わせてSさんが応えてくれたようですね。Sさんらしさがよく出ている文面だと思います。どんな苦難のときにもちょっと距離をおいて、それは主の恵みを衣のようにまとっている姿かもしれませんが、ユーモアを忘れない人でした。

このはがきのころ私はインターフェロンを用いての治療をしていたのかもしれません。そのことにも彼女は心を用いて下さったのでした。

どうぞよい記念会が持てますようにお祈りします。

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2006年11月15日 (水)

傍 楽

 「こころの便り 空間のある社会」を送った友から手紙をいただいた。それを一部書き換えて紹介する。わたしが書くことができるのはこうして読んでくださる方がおられるからである。感謝。
    
 昨日学校の裏庭で水仙の花芽が立っているのを発見しました。いよいよ冬を迎えるのですね。
 
先日KO先生が学校に元気な顔を見せてくださいました。そこで、先週お送りいただいた「心の便り」「空間のある社会」をお見せいたしました。
 
ゆとりをつくるということでは子どものころからいろいろな方々に、働いて、ゆとりを作ってもらい、その中で気持ちよく生きてこられたとありがたく思います。MZさんに「ハタラクッテノハ、ハタノヒトヲラクニスルコトナンダッテサ」と以前伺いました。
 私は自由な世の中しか知らずに生きている人間ですが気持ちよいゆとりは誰かが働いてくれているからあるもの。だんだん自分の楽しみのことしか老いも若きも考えなくなったから、ゆとりがなくなり、代わりに、お金を支払ってレジャーなど楽しみを手に入れる自由を得ているような少々妙な気がします。
 どちらがよいかもそれぞれの自由なのかもしれませんが、よい思いをさせてもらえた分私も少々考え直さなくてはと今回考えるよい機会を与えていただきました。
 いつも本当にありがとうございます。楽しんだり、のんびりしたりだけでなく、少し心がけて「ハタラキ」、身の回りにゆとりをこしらえられたらしあわせです。
 寒さが募って行きました。どうぞお体を大切にお過ごしください。

  

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大根引き

 大根引き妻は葉だけで腰伸ばす
  
 柿紅葉メールに添えて送りけり
  
 連日よく晴れている。祈りの会に行って帰って妻はその足で畑に入った。畑と言っても大根や白菜がかたまりを作って肩を寄せ合っているだけで畝もなく、空き地のようなものだ。でも妻は時々義姉から借りているエンジン付きの機械で土をかき回し、野菜を育てるのを楽しみにしている。
 晴天続きで土が固いらしい。大根が二メートルほどの幅に青い葉を繁らせている。今日はその一本を力を込めて抜こうとしたがどうにもだめだった。妻は葉だけをむしりとってから疲れた腰を伸ばし、これを刻んでふりかけにしよう、と満足そうだった。

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2006年11月14日 (火)

聖日の意味

 小友聡氏が「信徒の友」11月号に「安息日の意味を考える」と題する文章を書いている。今日は特に為すべきこともなく、それゆえに開いた本誌から思わぬメッセージをいただくことになった。

 安息日とはキリスト者にとっては日曜日のことである。なぜ日曜日が「安息」日となったか。

 聖書からその根拠を見出すとモーセの十戒の第四に「安息日を心に留め、これを聖別せよ」とあることによる。ところがなぜ安息日を厳守しなければならないか、その根拠が出エジプト記、申命記では違っている。私には現代の社会にあって申命記の説くところがより力強いと思われるのでその聖書箇所を掲げよう。

 あなたはかつてエジプトの国で奴隷であったが、あなたの神、主が力ある御手と御腕を伸ばしてあなたを導き出されたことを思い起こさねばならない。そのために、あなたの神、主は安息日を守るよう命じられたのである。(申命記5章15節)

 すなわち「救いの出来事を想起し、主に感謝し、主との契約に生きるために、礼拝の日すなわち安息日がある」(小友聡氏)のである。

 さて、この安息日を聖別するとはどう安息日を過ごすことか。この説明を小友聡氏は明快にこう記す。

 安息日を他の六日間と徹底的に区別すること。「時間の聖別」である。安息日のことをヘブライ語では「シャッパー」と言いそれは「やめること」「放棄すること」を意味する。

 もともと神に属する時間を神に返し、自らのものとして使うことをやめ、放棄することだと言うのだ。自分の時間として用いず、異なる性質の時間を作ること、これが現代人にとって真の「安息」となるのであろう。

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2006年11月13日 (月)

石鹸とタオル

 ヒカちゃんとお風呂に入った。見たいテレビがあるので今夜は早く入ろうとして服を脱いでいたらヒカちゃんが児童館から隣の奥さんに連れられて帰ってきてしまった。ヒカちゃんのママは仕事で遅くなるのだそうだ。
いつもは孫娘と一緒に風呂に入ることなどないのだが、妻は夕飯の用意をしているし、こうなったら入れてあげるしかない。「一緒に入る?」と聞くと仲良しのヒカちゃんは寝巻きを持ってすぐに応じた。
 入ってみていろいろ発見したことがあった。まずヒカちゃんはタオルを使わない。入るなりシャンプーで洗髪を始めた。そしてすすぎが終わると今度はリンスである。「目に入るからじいちゃんのタオル使っていいよ」と言うと、「大丈夫」と答え長い髪を後ろに撫で付けた。
 私が浸かっているところに「どっちの足が動かないんだっけ」と言いながら入る。まだ一年生だから小さな裸だ。
 ちょっとして今度は顔と体を洗い始めた。石鹸は使わない。まず洗顔用のシャンプーのようなものを掌にのばして顔をらせん状にマッサージする。次はボディーシャンプーを網のようなものにたっぷり出して、それで体を撫で回す。そしてシャワーを全身にかける。これで体洗いはおしまいである。
 「あー、暑い暑い」と言いながら風呂を上がるとドライヤーで髪をうまい具合に乾かしていた。
 なるほど今の入浴法はこんなのか、と今夜は納得させられた次第である。石鹸とタオルを用いる入浴はもう古くなったようであった。

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2006年11月12日 (日)

ハンドルの遊び

 自動車のハンドルは少しくらい回してもそれで進路方向が変わるわけではない。ハンドルの回転には少しの余裕があるのだ。これを「遊び」と言う。もしも遊びがないと少しの操作で自動車は左右に揺れ、危険極まりないことになる。
 人間は自動車を設計するに当たってはこの遊びの必要性を認識してそのような自動車を作っているのだ。しかし不思議なことに自分たちの生き方においては、あるいは社会のあり方においてはこの認識がないのでる。
 時間の使い方においても人と人の関係においても、あるいは土地の使い方においてもまったく遊びがなく、無駄がないようにと人は努めている。
 だがやはり遊びとか無駄とかあるいは余白とかそんなふうに表現されるものがないといつかちょっとしたことで世の中はとんでもないことになってしまう気がする。
 こんなことを車椅子を使う身から拙文に綴ってみた。関心のある方は「こころの便り」を開けてごらんいただきたい。

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2006年11月 9日 (木)

車椅子弁護士M君の引退

 車いす弁護士M君から事務所閉鎖の葉書が届いた。この一枚の葉書はわたしにとっては単なる挨拶状ではない。ここには彼の個人史が綴られている気がするからだ。「加齢に伴ないポリオ後遺症による体力低下が著しくなったため」と書かれたこの一文に彼の生活史が読み取れるのである。

 彼はわたしと多くの共通の課題を負って生きてきた。同じ年に彼は三重県でわたしは埼玉県で生まれたが、幼少時にポリオに罹っている。そして公立高校で入学を拒否され、二人とも私立高校に入学することになった。彼はその後同志社大学法学部に進む。彼の人生の知恵は大学受験に当たって体の障害を告げずに合格してしまったことだ。
 わたしは群馬大学で入学を許されず高校進学時と同じくここでも浪人生活に入る。だから同じ年の生まれでも彼は二年早く大学を終えることになった。そして体の障害からくる生活上のマイナスを軽減すべく新宿区にあった国立身体障害者更生指導所に入って来た。教員を目指すわたしも同じ目的をもって彼に遅れて入所し、しばらく生活を共にすることになった。東京教育大学の4年生の時である。

 彼の障害はわたしよりも重度であった。手術によって立つことができるようになったが補そう具は腰まであって、立つことはできても歩く実用にはならなかった。しかし手術によって彼の生活は大きく変化し、数年後には司法試験に合格し、やがて弁護士の生活が始まった。わたしは彼より一足早く教員としてひとり立ちし、二人はそれぞれの道を歩むことになった。更生指導所を出てからの付き合いはほとんどなくなった。

 松葉杖で歩くわたしにはわたしなりの困難があった。だが、弁護士生活を34年間続けた彼にはもっと解決すべき課題があったろう。彼の著書にも書かれているが車いす生活者にとってトイレの問題は深刻である。利用できる場所は限られている。仕事上、全国どこでも出かけなくてはならない彼にはこれは大変な重荷に相違なかった。飲み物を極力減らす毎日であったと想像される。また、バリアフリーが整っていない日本の環境の中で依頼人との面談や法廷活動はどうしていたのだろう。一度会ったときに、出張先のホテルで早くお湯を抜きすぎて風呂から出られなくなって(彼は立てないし腕の力も弱い)、あわててもう一度浴槽にいっぱいお湯を張り、その浮力を利用してやっと上がったという苦労話を聞いたことを思い出す。

 幾多の困難を彼は持ち前の社交性と知恵で34年、なんとかやってクリアーしてきたであろうことは彼に聞くまでもなくわたしにはわたしの経験から理解できる。

 しかし、今度の通知からうかがい知れるように、二人とももうかなり体は思うようには動かなくなっている。ポリオの故かどうかは判然としないが数年前の動作が今はもうできない。筋力がなくなり、疲れ、体のゆがみによる痛みも出てきているのだ。

 今度の通知はM君からのものであるが同時に、わたし自身が書いたものでもあるような複雑な気がしてならない。

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2006年11月 8日 (水)

冬の踊り

 東の畑の松の木が大きく揺れる。長い手を振り回すように揺れる。仲間同士申し合わせたようにみんなで揺れている。林の中に風の又三郎が転がり込んだようだ。

 どっどど どどうど どどうど どどう
 どっどど どどうど どどうど どどう(*)

と揺れている。

   

 冬がやってきたのだ。風も雲も青色の空も引き連れて冬が里を歩き回り始めたのだ。わたしは彼らの活動を目を丸くしてみる。

   

夜には星がいっぱい見える冬だ。

賢治が歌った空。
  
 あかいめだまのさそり
 ひろげた鷲のつばさ
 あをいめだまの小いぬ
 ひかりのへびのとぐろ
 オリオンは高くうたひ
 つゆとしもとをおとす(**)

  

 冬に抱かれて眠り、歌い、彼らの遊びを見せてもらおう。
  
      (*)宮沢賢治「風の又三郎」から
      (**)宮沢賢治「双子の星『星め
         ぐりの歌』」から

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2006年11月 7日 (火)

炬燵

 最近めっきり寒くなった。今日は立冬だという。
わたしの足はいつも冷たいのだがこの季節になるとなおこれが気になってくる。昨夜はとうとう炬燵にコードをつないでしまった。まだ布団をかけるのははばかられるのでそれはしていないが、スイッチを入れると埃の焼けるにおいがかすかに足元に広がったのだった。
 炬燵に足を入れると思い出すのが母のことである。小学生の頃しかもしれない。母は一日の仕事が終わって炬燵に手を入れてのんびりしているとき、わたしの足がそこにあると必ず自分のほうに引っ張って、このバカ足は冷てえな、などと言いながらさすってくれたものだ。細い冷え切った足を時には自分の腿に付けるようにして温まるまでそうしていた。
 わたしと言えば本を読むかなにかしながら母のするままに任せていたのだが、それは母に喜びを与えることだったと今にして思う。母は歩けない息子の冷たい足をさすることでひと時の安らぎを得ていたのだろう。
わたしの立場から言えば母から愛を受けていたのだがそれは同時に安らぎを与えることでもあったのだ。こうして与えることと受けることは人のつながりにおいて同時に起こるのである。

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2006年11月 6日 (月)

余裕を残す

 NHKTVのハイビジョンでコウノトリと一緒に住める町づくり、環境づくりをしている豊岡町を紹介していた。コウノトリを人工飼育し、親鳥になると放鳥する。その結果、大きな美しい姿のコウノトリが町の空を舞うのだが、飼育に係わる人の愛情と熱意だけではその鳥を守っていくことはできない。田を自然の姿にかえし、コウノトリの餌になる魚をはじめとする小動物がすめるようにしなくてはならないのだ。豊岡ではだんだんとそうした農法を受け入れる人が多くなっているという。印象的だったのはある農家の主人が、コウノトリが降りると稲が倒されるが全部の田が傷められるわけではないからそれくらい我慢していいよ、と言っていたことだ。すべてが無駄なく使われることを第一とする今の社会にあって、余裕を残しているこの方の心に救いを見た心地がした。  
  

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2006年11月 4日 (土)

午後のひととき

06110414pa0_0021_1  のんびりした日である。教会の清掃に行く妻を送り、その足で先日のカメラ店に行った。カメラケースを店員さんの助けを借りながら選び、サービス券で一割引で求め外に出た。あまり外出しないので足元がおぼつかない。
帰り、昼のパンを妻が買う。眠くなるようななか、紅茶で昼食。
一時して外に出る。菊の花があちこちに咲き出している。
 足元の菊に蛾が止っている。ポケットから携帯電話を取り出して写真を撮る。
  
 撮られるを待って飛び立つ菊の蝶
  
  
 Photo_11ついでにもう一言。掲載のパンジーの写真は娘が昨日送ってきたものだ。ベタンダが広いのでガーデニングをしようと思っているの、とことばが付いていた。娘が生まれたお祝いに区役所から送られた山茶花が庭に赤い花を開いたよ、と写真を送ったのに返事をくれたのだ。娘はもう一言、隣の鉢植えの木は入籍に入ったとき市役所でもらったものです、と付け加えていた。
 山茶花が32年元気で花を咲かせているようにこの小さな木も娘の生活に寄り添って大きくなって欲しいものである。
 

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2006年11月 3日 (金)

鳥も仲間

 06110312img_01051留守番の一日。パソコンに疲れて庭に出た。山茶花の花をクローズアップで撮る。風に少し揺れているがなんとか撮れた。
 06110312img_0099椅子にかけようとしてふと見ると鳥の糞がいくつかこびりついている。鳥もわが庭をすみかとする仲間だった。時々この椅子の背にとまっ て遊んだり、また、お尻から小さな糞を落すのだろう。

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2006年11月 2日 (木)

友の俳句

 月末に着くはずの俳句雑誌が今日になって届いた。俳句の世界は序列があって、まず主宰の作品が冒頭に載せられる。そして幹部同人、同人と続く。
 わたしのような一般会員はその後に毎月4句載せてもらえる。この類の仲間の句がニ段組で30ページも続くのだからとても目を通す気力も湧かない。
 ただ、この会には友人S氏がいるのでこの友の句を見るのが唯一の楽しみである。今月号に載った友の句はこうだ。
  
 雨止んで蝉が鳴き出す並木かな
 霧の中孫かたくなるロープウエイ
 朝顔や窓をかざりて屋根に伸び
 初めての駅に下り立ち盆参り
  
 どの句にもS氏の生活がよく出ている。
 散歩の好きな友は雨上がり並木の下を歩き、ふと蝉の声に触れたのだろう。長く続く道と緑の葉が目に浮かぶ。お孫さんをいつもお世話しているから一緒にロープウエイにも乗る。優しい氏だから親のような感覚でお孫さんのちょっとした変化にも気づくのだ。三句目、窓をかざりて、がなんとも美しい。彼は人を大切にする。初めてのところにも降りて盆のお参りをしたS氏の律儀さ。
 ちなみにわたしの句は下記の4句。
  
 補装具を外して夜の涼みかな
 氷菓子妻が半分持ち来る
 穴掘って犬の寝ている暑さかな
 油照り休診の文字恨めしく
  
 S氏に比べて生活範囲が狭いなー。

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2006年11月 1日 (水)

キリスト者の自由

(15章54節)この朽ちるべきものが朽ちないものを着、この死ぬべきものが死なないものを着るとき、次のように書かれている言葉が実現するのです。「死は勝利にのみ込まれた。死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前のとげはどこにあるのか。」死のとげは罪であり、罪の力は律法です。わたしたちの主イエス・キリストによってわたしたちに勝利を賜る神に、感謝しよう。わたしの愛する兄弟たち、こういうわけですから、動かされないようにしっかり立ち、主の業に常に励みなさい。主に結ばれているならば自分たちの苦労が決して無駄にならないことを、あなたがたは知っているはずです。

 今朝の祈りの会で与えられた御ことばはこのコリント人への第一の手紙だった。人の死という棘の痛みは罪からであり、その罪は旧約で神から与えられた律法によって罪となる。新約の時代、イエスの下に生きるわたしたちは、この罪を背負ってくださったイエス、十字架についてくださったイエスの恵みの下に生きている。だから自分の力でがんばって罪から解放されようと努めたり、そうできない自分に失望することはない。「主の業に常に励め」ばいいのだ。「主に結ばれているならば自分たちの苦労が決して無駄にならないことを、あなたがたは(わたしたちは)知っているはず」だからである。

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