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2006年10月19日 (木)

憩う

 榛名町に信仰の友を訪ねた。榛名山へ通じる道の途中に友の住まう老人施設はあった。
 Untitled1 友は盛岡市での伝道を最後に牧師の務めを終えていた。実直な方でいつも控えめなお姿をしていたが、話し方には威厳があり、確かさを秘めていた。だから今日お訪ねしても和やかに談笑できるかと一抹の不安を持って行ったのだが、友は優しく笑顔で迎えてくださり、二時間ほどの間楽しく、すてきな交わりの場が生まれたのだった。
 お一人住まいで、最近は目が不自由とのことだ。しかしバスで山を下って日曜日には高崎市の教会で礼拝を守っている。時には安中市の教会に行ったりまた榛名湖にも出かけるという。偶然にもわたしの教会と深い関係のある島村教会の牧師とも交わりがあるとのことだった。
 群馬県に暮らすのは初めてというお話を聞きながら、主に連なるものはどこに住まっても友が近くにいますから寂しくないですねとわたしは感じたままに友に告げた。
 めったに使うこともないであろうカップにお湯を注いで、紅茶パックをその中で揺すりながら作ったお茶をいただいて、友とわたしと妻の交わりの時は過ぎていった。
  
 その後、わたしは安中市に高校の友を訪ねた。奥様も停年を迎え、お二人で豊かな毎日を送っている様子を見せていただき、三時少し前見送られて友の家を辞した。
   
 今日は一日よい日であった。

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