« 一日の終わりに | トップページ | ピーちゃんからのカード »

2006年9月17日 (日)

敬老の日礼拝

 敬老の日を覚えての礼拝を捧げた。創世記から人は神様の喜びのうちに造られたものであること、創世記の記事はユダヤの民が捕囚という困難の中にあってもう一度自分たちが神の造りたもうたものであることを確認するために書かれたこと、その困難は民族を滅ぼしても不思議ではないのに彼らが信仰によって存続したことなどを教えられた。
 人はやがて衰えるがしかし信仰によって困難な中を生きることができるのである。
  
 帰り道、行きつけの蕎麦屋に寄った。最近は店に寄ることが少なくなった。少し前までは妻が買い物をしている間、店内を一巡したりした。駐車場を歩くこともあった。しかし今ではめったにそういうことはない。
 スーパーに行ったり、本屋をのぞいたり、植木市に行ったり、これらをしない。
 こうして家にばかりいるとますます動きが鈍くなることは知っている。でも、歩くのがきついし、怖いのだ。転んだ時のことを考えると臆病になる。
 せめて蕎麦屋くらいは行こう。

|

« 一日の終わりに | トップページ | ピーちゃんからのカード »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 一日の終わりに | トップページ | ピーちゃんからのカード »