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2006年9月

2006年9月30日 (土)

秋のドライブ

 職場で同僚だったKさんがわざわざ坂戸市から来て、わたしと妻を秋のドライブに連れて行ってくださった。今日は天気もよく、暖かで出かけるにはもってこいの日だった。
 Photo_3 富弘美術館と桐生市にある織物参考館「紫(ゆかり)」を訪ねた。富弘美術館は新しくなってから始めての訪問である。少し紅葉が始まっている群馬県の山間地に白い建物がはまっていた。
 富弘さんの詩画が円形の展示室の壁にたくさん並んで多くの人をひきつけていた。どの詩も富弘さんらしいどこか遠慮した表現で、しかし生かされる喜びを素直に語るものだった。絵も一つ一つの線や色を丁寧に描いているのが印象的だ。
 Photo_4 外に出てしばし草木湖の眺めを楽しむ。トンボが飛び、風がもみじの葉を揺する。山がその背後に青い。
 湖を隔てた国民宿舎で昼食に天ざるうどんをいただき、その後桐生市に向かった。

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2006年9月28日 (木)

「再チャレンジ」政府という不思議

 安倍政権がスタートした。安倍政権という家は一見親しみやすいように見えるが中には恐い生き物が隠れているような気がする。
 安倍さんは「美しい」日本を造ると盛んに言う。なんともきれいなことばである。誰も反対はすまい。しかし、この中身は教育基本法や憲法の改定であったり、強い日本の経済を構築する営みなのだろう。
 私が最も奇異に思うのは「再チャレンジ担当大臣」が設けられたことだ。今までも安倍さんはこのことばを何度も使っていたがまさか政治の機構に持ち込もうとは予想だにしなかった。
 このことばは現状肯定、自己責任主義、格差是認の思想、これらを内包している気がしてならない。ことばそのものが思想性に乏しく、世間話的でもある。
 強い日本を目指して強者がまっしぐらに走る時、弱い人が躓いたら、「もう一度がんばって上を目指しなさい。何度もチャレンジしていいんだよ」と言う。一見よい話のように聞こえる。だが、これはへんな話である。躓く石ころやでこぼこの道の整備はしないであたかも転んだ人に責任があるかのように思わせるからだ。
 再チャレンジを求めなくともよいような平等な環境を作るのが政治家の務めではないのか。

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2006年9月27日 (水)

よろこび

 昨日娘と携帯電話でメールを交換した。
  
  今日引越しをして、入籍してきました。部屋がダンボールだらけで、すごいことになっています。
  
 
 おめでとう。よかったね。助け合ってよい家庭を作ってください。
  
 
他に言うことなし。よかった。ほんとうによかった。

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2006年9月26日 (火)

恐竜づくり

 きのうの夕焼けは美しかった。その空の下、ピーちゃんが呼びに来た。「じいちゃん、畑に恐竜作ったから見に来て」。
 Hika 付いて行くと畑の奥のほうに枯れ草と韮の葉が小さく固まっていた。なるほど恐竜と言えば恐竜に見えなくもない。頭らしきところが高く、お尻の方が細く長 い。
 「じいちゃんも作る?」とピーちゃんが言った。「だって、じいちゃんは畑に入れないし、しゃがめないよ」とわたし。「お家の庭に行って作ろうよ。そこなら椅子に坐ってじいちゃんもできるから」と続けるとピーちゃんはすぐに納得して移動した。
 夕方の風が冷たくなってきた中で恐竜作りが始まった。草で体を作り、箒の先を折って角にした。角は枝分かれしている。目にはサルスベリの赤い花を使った。これらの材料を取りに行くのはピーちゃんである。頼むと一目散に集めに行くのだ。
 二体の恐竜が向き合って出来上がった。そのころには頭の上の窓には灯りが点いていた。

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2006年9月25日 (月)

鶴瓶の家族に乾杯

 月曜日の夜は「鶴瓶の家族に乾杯」を見るのが楽しみである。鶴瓶さんがゲストと一緒にあちこちの町を訪ねてそこに暮らす人とざっくばらんの交わりをかわす姿がなんともおもしろい。今夜は前川清と山口県周防大島町に行ったようすが人情味たっぷりに放映された。
 その中で鶴瓶さんが小さな小学校を訪ねた時の光景は感動させられるものだった。ライブがあるというので鶴瓶さんはぶっつけで学校に行ったのだが校長先生は快く子どもとの接触を許可してくれた。
 ライブは地元の歌手が講堂の舞台で一人で歌うものだった。歌手といっても漁師の息子である。山口さんという人らしいが、芸名はマウンテンマウス。学校でこんな人の歌を授業の一環として全校生徒に聞かせていいものかとわたしは自分の職歴柄心配した。ところがライブが進行すると、子どもたちは全員講堂の床に寝て、目を閉じて歌を聴き始めたのだった。その歌は母の愛を歌い、子どもたちがその愛に育てられ大きくなってきたことを歌い上げていた。鶴瓶さんの両腕の中でも子どもが仰向けに心地よさそうに目を閉じていたし、他の子たちも安心しきって体を横たえていた。
 歌を体で聴く、体の力を抜いて、思い思いの姿勢で聴く。その歌は海で潮風に吹かれながら育った地元の青年が歌っている。人の愛を歌っている。そこには人間の体を用いた豊かな触れ合いがあり、自然の姿があった。
 瀬戸内海の小さな島の小さな小学校でごく自然にこんなに素敵な営みがなされている。これはすばらしいことだ。

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2006年9月23日 (土)

秋来る

金木犀咲いて歩みの三歩伸ぶ
  
夫の押す車椅子や萩の花

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日の丸・君が代

 一昨日東京地裁で日の丸・君が代問題に関して画期的な判決が出た。都教委が入学式や卒業式で教員に対し日の丸に向かって起立を強制し、君が代の斉唱を強要するのは憲法違反、違法だとしたのである。裁判長は、都教委の通達や校長の職務命令は「少数者の思想・良心の自由を侵害する」とし、違憲・違法としたのである。

 その根拠として憲法19条が保障する思想・良心の自由の侵害を挙げた。この判断の根幹には、日の丸や君が代が皇国思想や軍国主義思想の精神的支柱として用いられてきたとの認識がある。また、通達は「教育の自主性を侵害し、一方的な理論や観念を生徒に教え込むことに等しい」と指摘し、国旗掲揚の具体的な方法まで指示するのは「必要で合理的な大綱的な基準を逸脱した」として、校長への「不当な支配」にあたるとしたのだ。

 この判決が確定するにはまだ多くの難関があるだろう。都知事は控訴は当然だと言い切ってる。政府の要人もすでに不服の態度を示した。
 今回の訴訟を起こした先生方の勇気には敬服するが、一般の教師は良心と校長の命令の間にあって学校行事毎に胸がえぐられる思いにさらされているだろう。その方々が教育への熱意を喪失しないように願わずにはいられない。

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2006年9月22日 (金)

病院

 午後は病院の一日だった。
 もう一か月以上も前から胸に苦しさがある。肩から胸の中心に向かって苦しいのだ。胸の中心にも違和感があって十分息を吸い込んでいないような感覚である。
 ずっと様子を見ていたのだが今日は決心して病院に行った。結果を先に言えば、筋肉痛だろうとのことだった。レントゲン検査や聴診器での診察で異常はなかった。二か月前に転んで、それまでと異なる体の使い方をすることになったのだが、その結果体のあちこちに疲れが出た。医師はそれが原因だろうと言う。
 湿布をもらって一件落着となった。
  
 待合室は老人でいっぱいだった。車いす使用者も多い。これはわたしたちには過ごしやすい環境である。医師も老人に接する機会が増えるし、施設設備も改善されるからだ。もし、若者ばかりだったらわたしたちは遠慮してその場にいなければならないだろう。
 老夫婦が助け合っている姿は美しい。二人だけで通院し、どちらかが弱っている相棒の助けをしている。腰の曲がったおばあちゃんが嬉しそうな顔をして旦那さんの車いすを押したりしているのだ。長い年月が二人をやさしく、まろくしたのだろう。

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2006年9月21日 (木)

携帯電話のメモから

 携帯電話には便利機能がある。その一つがメモ帳だ。昨日妻の買い物に付き合って「とりせん」に行った。青空が一面に広がる駐車場で待ちながらメモ帳に俳句を書き留めた。
 その俳句。
  
060921_122801 秋光や朝が眩しくそこにあり    
 スーパーの駐車場に秋の空
 秋草の繁れる家に妻と棲む
 携帯に句を書き込むや天高し
 扇風機埃落とす頃となり

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2006年9月19日 (火)

準備終わる

 来月の末豊島岡教会で話す内容の準備を終えた。後はこれを当日読みやすいようにプリントすればいいだけた。
 準備の過程で「心の貧しい人は幸いである」の聖書解釈が変ってしまった。当初はユダヤ人キリスト者の心が奢っていたので貧しくあれ、とイエスが呼びかけていると理解したのだ。ユダヤ人は歴史の初めから救いの歴史に乗っている。また、律法を守った人々でもあった。だから心も豊かであろうと思ったのだ。
 ところが、口語訳聖書では「幸いだ」という祝福が先行している。もう祝福されているのである。彼らはすでに心が貧しくなっている。これは自分たちの救い主と信じたイエスが十字架につき、自分たちも様々な苦しみの中にあることから来ている。マタイはそれを肯定し、世の価値に生きられない人たちこそ祝福を受けるのだと、伝えたくてこういうイエスの姿を描いたのではないか。こう気づいたのだった。
 注解書や説教を振り返ってみて変更したのだが、わたしの今の読みはこれである。

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2006年9月18日 (月)

ピーちゃんからのカード

 敬老の日である。朝からのんびりと過ごす。姉が先日義兄が入院した時に贈ったお見舞いの返礼に快気祝いをもって来てくれた。姉もだいぶ口周りにしわが出来てきた。
 Aaaこうした老人同士の付き合いが日常には多い。 
 そんな中、孫は老人に明るさと活気を与えてくれる。
 今朝は ピーちゃんがカードを「はい、じいちゃん」と言ってテーブルの上に置いていった。なかなか手の込んだ作品だ。「じいちゃんへ ひかるより」と書かれた黄色の紙片にはハートマークと四葉のクローバーがある。他にもいくつかの切絵やシールが見られる。
 しばらくしてまたやってきて、よわよわしい手で肩たたきをしてくれた。
 時々反抗的なことばを吐く歳になったが、でもまだまだ優しい孫である。

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2006年9月17日 (日)

敬老の日礼拝

 敬老の日を覚えての礼拝を捧げた。創世記から人は神様の喜びのうちに造られたものであること、創世記の記事はユダヤの民が捕囚という困難の中にあってもう一度自分たちが神の造りたもうたものであることを確認するために書かれたこと、その困難は民族を滅ぼしても不思議ではないのに彼らが信仰によって存続したことなどを教えられた。
 人はやがて衰えるがしかし信仰によって困難な中を生きることができるのである。
  
 帰り道、行きつけの蕎麦屋に寄った。最近は店に寄ることが少なくなった。少し前までは妻が買い物をしている間、店内を一巡したりした。駐車場を歩くこともあった。しかし今ではめったにそういうことはない。
 スーパーに行ったり、本屋をのぞいたり、植木市に行ったり、これらをしない。
 こうして家にばかりいるとますます動きが鈍くなることは知っている。でも、歩くのがきついし、怖いのだ。転んだ時のことを考えると臆病になる。
 せめて蕎麦屋くらいは行こう。

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2006年9月15日 (金)

一日の終わりに

 一日が終わる。今日も平穏なよい日であった。先月転倒して以来、歩くことへの不安があって近所を歩き、畑の様子などを楽しむことができないでいるが、それもまた徐々にできるだろう。
 せめて体を動かして細胞に変化を与えようとして、夕方には大相撲を見ながら床に寝てユリッコで腰から下を揺らしている。
 
 説教準備は大方出来上がった。この過程を通して気づいたこと、それはイエスが時々独りになって祈っていたことである。イエスも祈りを通して神との交わりをしていたのだ。それは群集の間に入って働くうえに必要なことであった。一度神に自分を預け、また新たな自分になって施しをする。
 私たちももっと瞑想の時を持ち、祈りの時をもって神に触れねばならない。

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2006年9月13日 (水)

松井復活

 一日雨。4時にはハルちゃんを駅まで送る。スロープで滑らないように万端の用意をして歩く。
  
 音声入力を使って豊島岡教会での説教の準備をする。準備は自分の信仰を省み、新たな恵みに与ることでもある。
  
 朝食をとりながら大リーグの試合を観戦。今日は松井の再登場の日だ。さすがにお祭り男らしく4打数4安打の華々しい再デビューとなった。でも、私が感動したのはそれではない。
 松井が第一打席に入ったとき観衆が総立ちになって松井の復帰を拍手で迎えたことだ。まだヒットを打ったわけでもないのに皆で松井を迎える。なんとすばらしい光景だろう。するとそれに応えて松井はヘルメットを取って、手を上げ応えた。
 怪我で休んでいた者が帰ってきた。この喜びを行動で示す。当たり前のことかもしれないがなかなか日本人にはできないことだ。

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2006年9月12日 (火)

携帯電話

 携帯電話を新しくした。今度はAUである。文字表示が大きくできる機種を選んだのだが前のものと違ってたくさんの機能を持っている。とても使いきれるものではない。また使おうとも思わない。カメラ付きなのでこれだけは時によっては利用するだろう。
 携帯電話と私のかかわりを「こころの便り」に小さなエッセイにしてまとめた。今日ホームページにアップしたので関心のある方は見ていただきたい。
 最近疲れが取れない。仕事も最低限にしようと今日はホームページの更新だけにしたのだがそれでも疲れる。今夜は早く寝ることにする。

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2006年9月10日 (日)

礼拝の祈り

 礼拝の司会をする。祈り。
  

 恵みに富みたもう主なる神様。

 過ぐる七日の日々を恵みのうちに過ごさせてくださってありがとうございました。心から感謝いたします。

 わたしたちは朝ごとに、感謝しながら、一週間を過ごしてまいりましたが、今日またこうしてあなたに連なる兄弟姉妹と交わりを許され、あなたの御ことばに聞く時を与えられました。感謝いたします。

 神様、わたしたちは毎日ただ忙しく、あわただしく過ごしてきました。この世の仕事をすることに心を奪われ、御言葉を忘れて、自分のことにのみ関心を向けて一週間を終わりました。

 神様、どうぞこの礼拝のひと時をあなただけに心を向け、あなたに聞くときとしてください。この世の価値からわたしたちを遠ざけ、あなたとの確かな交わりの時としてください。

 そして、この世があなたの御支配の許にあることを信じ、勇気を持ってあなたを証しする業を日々の生活の中で行う者とならせてください。

 神様、今日ここに集えない友を愛することができますように。わたしたちがその兄弟姉妹の思いと立場に心を重ねることができますよう助けてください。

 御言葉を取り次ぐ先生を聖霊で満たし、語る力を与えてください。

 これらの祈りと感謝、わたしたちの救い主、復活の主イエス・キリストのお名前によって御前に捧げます。 アーメン

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2006年9月 9日 (土)

孫の重さ

 ピーちゃんはDSゲームにはまっている。児童館から帰ると手を洗うのももどかしくゲームを始める。今日は土曜日だから朝から夢中になってすでに始めている。軽快な電子音がいつもピーちゃんの周囲には鳴っている昨今なのだ。
 夕べもゲームをしていた。ゲーム機の液晶画面は小さいし、液晶の特徴で正面からでないと様子が見えない。「じーちゃん、すごいよ。ほら、ほら。」とピーちゃんは小さな、かわいらしいお人形が飛び跳ねている画面を見ながら興奮してわたしに言った。「見えないよ」とわたしが答えると、だんだん体を密着して自分の腕前を知らせようとする。
 わたしが「見えない」を連発するものだから、やがてピーちゃんは指は動かしたままでわたしの膝の上に乗ってきた。一年生だが体がそっくり乗るとなかなか重い。「よっし。やったあ。」ピーちゃんは相変わらずゲームに夢中だ。
 ピーちゃんの体からはだんだんと重さだけでなく温かさまでわたしの膝に伝わってきた。わたしは目の前にあるピーちゃんの頭の横に顔をつけ、「おっ、すごい」などと言いながらその重さと温かさをもらっていた。これがもしかしたらピーちゃんを抱っこする最後の時かもしれないと思いつつ。

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2006年9月 8日 (金)

ココログ出版

As  「こうりゅう広場」に書いてきた日記を一冊の本にまとめた。二冊目である。A5版の小さな本だ。三月十八日から八月九日の文章が収めてある。インターネット上に保存しておいてもいいのだが、こうして本になってみると自分の子どものようにかわいい。前回はクリーム色の装丁だったが今回は緑にしてみた。これもなかなかいい。
  出来てきた本の間に小さなしおりが挟まっていた。ここに書かれている文章が書くものの心を代弁して心地よい。写真に掲載したとおりである。
 部数を限ったので、インターネットをしていないN、H両先生、それにI君に送って、残りはわたしの子どもたち四人のためにとっておこう。

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2006年9月 7日 (木)

眼鏡新調

 やっと眼鏡ができた。遠用と近用で近用は古いフレームを使って四万三千六百円である。
 早速掛けてみる。遠用は問題ないらしい。近用は新聞を見ると字が踊っている。はっきり見えるのだが字が紙面に落ち着いていないのだ。左右の視力差が強くいのが原因らしい。左目を閉じるとはっきりするのに右目を閉じて左だけで見ると霞んでしまう。三ヶ月以内なら作り直す保障がついているのでしばらく様子を見てそれから考えることにしよう。
 それにしても本来の人間の目はよくできているものだ。

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2006年9月 6日 (水)

手すり

 我が家にはスロープに沿って長い手すりが設置してある。車いすが過って落ちないように、杖で歩く時に転ばないように、これらを考慮してのことである。だから高さがわたし向きになっていることは言うまでもない。
 ところが、なんと今まで一度もこれを使用したことがなかった。苔が生えて滑りやすいのに雨の日にも緊張しながらも手すりを使わずソロソロとスロープを歩いていた。以前人工芝のようなものを2メートルほど買ってきて敷いたことさえあるのに手すりの効用はすっかり忘れてしまっていた。
 今日は祈りの会がある日だ。8月中休みだったのでぜひ参加したい。ところが雨が強く降りだした。なんとか安全に車まで行きたい。そこで思いついたのが手すりを使うことだった。
 使われなかった手すりは小鳥のよい止まり木の役をして、糞でいっぱいである。わたしは手袋をして掴まり歩きをすることにした。
 案の定うまくいった。転倒の危険はまったくなく、安心して駐車場まで行けたのだ。
 身近にある便利なものを忘れてしまう、いつも同じパターンで生活してしまう、こんなことがあるなんて不思議である。
 

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2006年9月 4日 (月)

絵画展に多くの友が

 一昨日有楽町にある交通会館で開かれていた「第三十九回芝美術研究所絵画展」最終日に行ってきた。
 帝国劇場で上演されている「放浪記」を家内とその姉が鑑賞に行くというので一緒に新幹線を利用して行ったのだった。
  
  絵画展は二階ギャラリーいっぱいに作品が展示され、一日中大勢の人たちで賑わっていた。特定の流派がある訳ではないので、油絵、日本画、デッサン、人形など色とりどりの展示品が照明に照らされて参会者の目を引いていた。芝美で学ぶ人たちに縁がある方々が交わりを兼ねておいでになっているらしく、美術館に漂う静寂さなどまったくここにはなく、あちこちで談笑の輪ができていた。
 06090200dscf0032_smallわたしの場合も例外でなく、午前から閉館まで多くの友がおいでになった。最初は大学時代のクラスメイト三人の女性である。この一人に案内を差し上げたのだが、声を掛け合って静岡県、神奈川県、千葉県から駆けつけたのだという。男性よりも変り様が大きくて一瞬どなたか分からなかったが、すぐに目の中に浮かぶ昔の懐かしい面影がよんでとれた。
  昼食のために一緒に会場を出たのだが、もうそのころは昔の学生仲間に戻っていた。
 係りの方がお友達が見えています、と連絡に来てくださったので会場に戻ると、やはり大学時代の友人であった。
 こうして最初は判別できないほどに年月を経た友が、中には奥様も同伴して、七人おいでになった。わたしの絵は二点展示してあったが、その絵のことを話題にしながら、この友と歓談の時を過ごしたのだ。そのうちに一人とは学生時代介助をしていただいたように一緒にトイレにも行ってもらったりした。
 他に、弟夫婦、職場で一緒に過ごした方々、いつも信仰を手紙やメールで語り合う友も皆さんにこやかに一時を共にしていってくださった。会議とか修養会ではなく、絵を前にして共にいるという雰囲気が皆の心を和ませたのかもしれなかった。
 会場では恩師のS先生が、実はこの方が芝美の責任者なのだが、お客さんの間を駆け回って挨拶をしたり、係りのものに指示を出したり大忙しであった。
 06090204dscf0045_small最終日なので四時には会場を閉め、それから打ち上げの会が開かれた。芝美出身ということで現芸大学長が見えたり、画家も姿を現した。S先生はそうした重鎮も教え子には変わりないから、たくさんの思い出を交えながら長々と弁舌を振るった。私のこともまた満足そうに皆に紹介した。
 箸方たみさんがようやくおしまいになって会場に着いた。先生が私に合わせたくて呼んでくださったようなものである。
 朝から車いすに坐りっぱなしの私はもうすっかり疲れていた。だから、会半ばで席を立ち、帝劇から帰った妻たちと一緒にガード沿いに東京駅に向かった。都会にしては光が乏しい道が一日の出来事をより豊かにしてくれているような思いにとらわれながら、妻の押す車椅子に私は身をあずけていた。

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