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2006年8月 5日 (土)

医師のこころ

 白内障の手術は古くなって濁った水晶体内の液を除去し、そこに人口のレンズを入れることによって視界を回復しようというものである。それは目を麻酔し痛みを感じないようにすることから始まる。
 麻酔されても視力はある。手術室の照明が真上に明るい。なにやらたくさんの液体が注がれてプールの底から天井を見ているようだ。眼球をいじられるたびに表面がゆがむのだろう、光のかたまりがあちこちと揺れ動く。めまい恐怖症のわたしはここでめまいが起きたら手術中回転する空間に漂うのではないかという不安に襲われてきた。
 不安の解消には自分の世界だけに留まるのではなくて、外界との交流をすることが有効である。わたしは「めまいが起きそうな感じですね」と執刀医に話しかけた。
 すると返ってきた医師の言葉は「では手術はやめますか。今だったら間に合いますよ」というものだった。
 意外であった。わたしはそんなことを言っているのではなかった。なぜ医師はそんな応答しかできなかったのだろう、と今でも不可解に思う。
 「いや、そんなことではないんです。続けてください」そう言って手術は続行され、無事に終わったことはすでに以前に書いたとおりである。
  
 医師は患者の心理をもっと勉強しないといけない。手術を受けている者がどんな心理状態にあるか、なぜ今のことばを発しているのかを分かるこころを持たねばならない。
  
 お年寄りにも親切に応対し、耳元で大きな声で説明をする優しさを持つ医師であるが、まだ彼は患者とのコミュニケーションのとり方を十分には知らないのだろう。

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