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2006年8月15日 (火)

泣きみそ先生

 小泉首相が終戦記念日の今日、靖国神社を参拝した。いつものように、「心ならずも犠牲になった英霊に哀悼の誠を捧げ、二度とこのような戦争を起こしてはならないことを誓う」という主旨だと語ったようだ。
 靖国神社の歴史や現在のアジア諸国の問題提起を知りつつも、我を張って、自己流の言い訳をしつつ今日も過ちを繰り返したのだった。
  
 小泉さんのテレビを見終わってから、姉と兄のところに盆の挨拶に出かけた。どこでももう亡くなった人の話よりも家族の現況を語り合うことのほうが多くなった。二番目の姉の息子は両親の写真を盆棚に飾っていたが、子どもと奥さんが帰省して、「仏さんが帰ってもろくなご飯も出せないです」と笑っていた。
 しばらくぶりの訪問だったが他にはない懐かしさのある家々であった。
  
 午後はふと「二十四の瞳」を見ることができた。子どもたちが戦中の貧しい環境で暮らしながら、それでも男の子は兵隊さんに憧れて成長していく過程を前半では描いていた。小さな村でも軍歌が流れ、「おおみこころ(大御心)」に沿うことが国民の忠誠の証とされる世であった。そのなかで高峰秀子演ずる「大石先生」が子どもたち一人一人のいのちを大切し、「靖国の母」になるより生きている子どもの母であることを願っていた。
 やがて、戦争が終わり子どもたちの中からも戦死者が出て、勇ましく送り出された武勇報国と書かれた門を今度は白木の箱に納められて帰って来る。
 戦後の大石先生はそんな教え子の悲しみに会うことが多くなり、「泣きみそ先生」となったのだ。
  
 小泉さんの靖国神社参拝を肯定す国会議員、知識人がいる。いのちの尊厳を無視し、「国のために」命を差し出すことを命じ、その命を英霊という名で呼んで自らの行為を正当化する、この政治の不正にこの人たちは気づこうとしない。

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