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2006年8月 8日 (火)

平和を求める心

 今朝の新聞に麻生外務大臣の意見発表が掲載されている。彼は靖国神社を、「国立追悼施設靖国社(招魂社)」といったものに切り替え、宗教法人法によらない財団法人などへの移行を提案している。こうして宗教色を取り除くことによって政治家も天皇までもが問題なく参拝できるようになり、『英霊』に哀悼の気持ちを表すことができる、とこういう提言である。全国にある護国神社も同列にしたらよいということらしい。
   
 政治家はいったいなにを求めているのだろうか。戦前、戦中の靖国神社がいかなる形態で存在し、どんな機能を果たしたかをまったく顧慮していないのはなぜなのだろうか。
 キリスト教徒が神社参拝を強要されたのは、靖国神社は宗教ではない、神社に祀られる魂を参拝するのはキリストの神を拝むことを否定することではないとの理解を押し付けられた結果ではなかったのか。
   
 再び政治家は靖国神社問題を本質からずらし、宗教性を否定するように見せかけて国民の精神的支柱にしようとしているようだ。
  
 それにしても8月という平和を求める庶民の声が一段と高まる時、先制攻撃論とか迎撃ミサイルの開発とかという武力による問題解決論があたかも平和追及の正道のように表面化するのはなんとも許せない気がする。「もうこんな戦争は絶対起こしてはなりません」と戦争体験者が言う言葉が真実になるためにはただそう言うだけでなく、今の政治家の言動にもっと敏感になり、彼らを攻撃しなくてはならないのかもしれない。

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