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2006年7月 8日 (土)

同伴者

  
 和子と松本城公園に入る。玉砂利が敷かれているが、幸いにも通路は舗装されていて、車椅子でも通れそうだ。
 Hasi 堀の周囲を城を眺め、木陰を選び、ところどころで写真を撮りながら動いた。水に映る六層の城は美しかった。やがて朱の「埋橋」が見えてきた。外国の若者が数人はしゃいでいる。
 道は時々舗装が剥げて、車椅子が動かない。旅の荷物をリュックに詰めて背負っている和子が前になり後ろになって通りやすい道に引き戻す。旅が終わったら肩にできた脂肪腫を手術しようという身である。
 公園を抜け、旧開智学校に向かう。現在の開智小学校も寺社の屋根のように独特の美しさを持っているが、そのさらに奥に(だから、ここでも妻はかなり力を使ったのだが)明治初期に建てられたという重文の建物がバルコニーの上に尖塔を持って白く輝いていた。
 Kaiti 二階までは行けないことをしりつつ、車椅子を拭いて板じきの静かな校舎を巡った。部屋はどれも小さかったが、柱や窓枠はまるみを帯び年の経過を感じさせた。
  
 タクシーで浅間温泉にある公立学校共済組合保養所「あさま荘」に入った。温泉地といってもあまりそれらしい風情のない町だ。宿は高いところにあると見えて旅館やホテルが下になり、遠くアルプスの山並みが眺められた。
 ここは昔、松本市の奥座敷と言われたところで、一般の人はなかなか行けなかったのだと運転手が話してくれた。島崎さんが書くものの中にこの温泉地に客人を訪ねる話が出ることを思い出し、島崎さんが交わった人の特別さに思いを馳せた。
 幾つかのランクがある中の下のものを選んだのだが、夕食は味も、色も、献立もなかなかのもので、二人は会議から解放された夕べの時をゆっくり味わいつつテーブルに向かい合っていた。

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