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2006年5月11日 (木)

友への手紙

 信仰の友Tさんのご両親が事故で亡くなられた。この友はわたしが大学時代から交わりのある人である。当時はまだ高校生だったので、わたしたちは彼を君付けで呼んだものだ。やがて大学に進学し、大学教員になり今では教授になっている。穏やかな性格でいつも笑顔を絶やさない。
 その彼の両親が先日亡くなられ、今月初めに教会で葬儀があった。両親とのお交わりはほとんどなかったが、教会にバザーの際お手伝いに見えたことをかすかに覚えている。
 昨日、彼にお見舞いの手紙を書き送った。
  
 復活の主を賛美いたします。
 その後いかが毎日をお過ごしですか。
 先日はEさんから貴兄のご両親のことをうかがいました。教会でのご葬儀にも参ることがかなわず、お許しください。
 Tさんのお父さんの思い出といえばバザーの際気さくに、せっせと綿飴づくり(?)をしていただいたことがあったような気がしております。わたしの記憶違いでなかったら、あまり大きな体でなく、しかし手を休めることをなさらない方ではなかったでしょうか。
 不慮の出来事で一瞬のうちにたくさんの思い出を持つご両親を失われた貴兄の心のうちを思い測ることは他人にはできないことであります。
 しかしあのご両親が今まで存在を許されて、貴兄の生活圏におられたことは感謝すべきことかもしれません。
 わたしのことを申せば父は早く逝き、その後母が今から二〇年ほど前に召されましたが、その時わたしの脳裏をかすめたのはわたしは独りになってしまった、昇給や子どもの成長を報告し、褒めてもらう人がいなくなってしまったということでした。
 貴兄もご両親と別れ、この時に至って、がんばって自立しなければならないのだと実感するかもしれません。
 両親はそれほどに大きな存在でした。その方を天に送ってしまった貴兄のことを思うと神様が共にいてしばらくの間悲しみを支えてください、一緒に歩いてくださいと祈るほかありません。
 Tさんのご家族、ご姉妹の上に神様の恵みの豊かにありますようにお祈りいたします。

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