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2006年4月 4日 (火)

マリアの香油

春になってあちこちの団体から機関誌が届くようになった。今日もポストに3通の封筒が入っていた。そのうちの一つ「障碍を負う人々・子供達と共に歩むネットワーク会報『共に歩む』」からよいメッセージをいただくことができた。

この会報は巻頭言に決まって青木優先生の文章を収めている。青木先生は全盲の障害をお持ちであるが、このネットワークの中心人物として精力的に活動している牧師である。

今日の文章の中で先生はベタニアのマリアが高価な香油をイエスに注ぎかけて、周囲の人々からなんと無駄なことをしたのかと罵られたことを紹介したあとで神学者カールバルトのことばを引用している。バルトはこう言ったというのである。

「もし、マリアの行為が浪費ならばイエスの行為も浪費である。彼は我々のような全く値しないもののためにご自分を捧げられた。イエスの浪費に対してマリアの浪費、互いに調和しあうものがある」。

この言葉の意味は深い。神は我々罪深いもののためにイエスを十字架にかけられた。だが、この一見「浪費」とも思える行為が我々の救いとなったのである。

我々も主に調和し、この世では浪費と思える行いを主イエスのために捧げてこの世を生きていかなければならない。

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