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2006年4月26日 (水)

茗荷谷界隈

Yamanaka  ふとテレビをつけると、東京、文京区にある茗荷谷の街が映っていた。母校東京教育大の前の落ち着いたよい一角である。
 地下鉄の駅の脇から細い道がくねって家々の間を抜けている。そこを行くと、やがて拓殖大学や跡見学園などの学校にたどり着く。わたしの下宿はさらにその先、外務省の研修所を通り越した小日向町にあった。
 この道を雨の日は合羽をかぶり、杖が滑らないように気をつけながら大学に通ったのだ。
  
 今朝のテレビにはかすかに下町の様子が見られたがそれと一緒にしゃれたビルも映って、だいぶ茗荷谷界隈も様変わりしたようであった。
 リポーターは小石川のどこかにある居酒屋風の店に入っていった。店と一緒に画面の端には大通りが映り、車がひっきりなしに走っていたから、どうもそれは教育大の前の春日通であるらしかった。となると、店は大学の東隣のどこか近くらしい。
 
 この推理が当たっていれば、そこは大学食堂が混雑して入れなかったときにお昼を食べに学友と出かけたところである。うどんかそばでも食べに行ったのだったろう。杖をついているわたしだったが一生懸命に歩けば友達にそう遅れることなくついていけた。もちろん彼らはわたしの速度に配慮してくれていたのだろうが、当時のわたしは苦にならずに行動を共にできたのだった。
 その彼らと六月には東京でクラス会を開くことにしている。幹事役の友がわたしの入りやすい店を今懸命に物色してくれているところである。
   
 昔のように茗荷谷や小石川の街を友について元気に歩く力はなくなり、車椅子で移動するようになったわたしのために。    

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