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2006年1月29日 (日)

泣ける幸せ

インフルエンザが蔓延しているらしい。わが教会の牧師も先日高熱を出した。今日の説教ができるのかどうか心配をしたが大丈夫だった。礼拝後にそんなことを話題にしていると「うちの子は痛いという言葉を知らないんです」とK兄が言った。

聞いてみると何日か前息子さんが高熱を出したのだそうだ。医者に連れて行ったがどうしても鼻の粘膜の検査をさせない。とうとうインフルエンザかどうかの診断ができなかった。仕方なし帰宅するとその夜大量の下血をしたという。高熱の原因は痔ろうだったのだ。

処置をすると熱は急速に下がったという。きっと子どもはお尻の痛さを懸命にこらえていたのだろうとK兄は言った。痛いと言えないのだから、と付け加えながら。

このご子息は知的な障害を持っている。母親を亡くして、今教会に来ている父であるK兄の世話を受けて成人になった今を生きているのである。

それにしても「痛い」と言わない、言えないことのつらさ、苦しみはわたしには想像ができない。どうしてそれに耐えるのであろうか。少しの心の苦しみでも、体の不調でも、つらい、痛いと声高に叫び、周囲に言い散らしてそこから逃れようともがくわたしである。もしかすると叫んだり、泣いたりできるわたしたちは恵まれているのかもしれない。同じ苦しみにあってもさらに苦しんでいる人がいるのであろう。

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