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2006年1月

2006年1月31日 (火)

朝日新聞、投稿を採用

先日投稿した原稿を朝日が採用した。投稿した夜担当者から電話が入り、内容の確認や、私のホテルでの宿泊体験などを聞かれた。その後もFAXで字句訂正と内容確認などをやりあってようやく昨日、紙面に載ったというわけである。文面はこうだった。

偽装して利益/哀れなホテル 

 ホテル「東横イン」が偽装工事をしたとの記事(27日)を読んだ。障害者用の駐車場や部屋を設けたのだが、工事完了検査後にそれらを撤去、改造したというのだ。なんとも哀れな話である。

 ホテル側は障害者用客室や駐車場について「利用する人が少ない」との判断だったという。

 私は車いす利用者である。テレビで旅行番組がよく放送される。私は番組を見る時、部屋の構造、玄関の階段の有無、風呂の浴槽の高さなどに注目する。そして、ほとんどの場合、その番組は私には無用だったと、見終わって思う。宿泊するに足る設備を持っていないことが多いからである。

 ホテル側の言うように、利用者が少ないのは事実であろう。それはこのホテルのように設備をカットして、障害を持つ人が気安く旅行出来る環境を整えないからである。

 利益追求を第一とし、公共の役割や福祉対策を忘れる企業が多いのは、強者中心の政治の責任も大きいという気もする。

昨日はこれを見てくださった方5人からお電話やメールを頂いた。血圧が高く朝から調子が悪く元気がない私だったので、これらの電話などはありがたいものだった。

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2006年1月29日 (日)

泣ける幸せ

インフルエンザが蔓延しているらしい。わが教会の牧師も先日高熱を出した。今日の説教ができるのかどうか心配をしたが大丈夫だった。礼拝後にそんなことを話題にしていると「うちの子は痛いという言葉を知らないんです」とK兄が言った。

聞いてみると何日か前息子さんが高熱を出したのだそうだ。医者に連れて行ったがどうしても鼻の粘膜の検査をさせない。とうとうインフルエンザかどうかの診断ができなかった。仕方なし帰宅するとその夜大量の下血をしたという。高熱の原因は痔ろうだったのだ。

処置をすると熱は急速に下がったという。きっと子どもはお尻の痛さを懸命にこらえていたのだろうとK兄は言った。痛いと言えないのだから、と付け加えながら。

このご子息は知的な障害を持っている。母親を亡くして、今教会に来ている父であるK兄の世話を受けて成人になった今を生きているのである。

それにしても「痛い」と言わない、言えないことのつらさ、苦しみはわたしには想像ができない。どうしてそれに耐えるのであろうか。少しの心の苦しみでも、体の不調でも、つらい、痛いと声高に叫び、周囲に言い散らしてそこから逃れようともがくわたしである。もしかすると叫んだり、泣いたりできるわたしたちは恵まれているのかもしれない。同じ苦しみにあってもさらに苦しんでいる人がいるのであろう。

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2006年1月27日 (金)

ホテルの哀れさ

 ホテル「東横イン」が偽造工事をしたとの記事が今朝の朝日新聞に載っていた。一度障害者用の駐車スペースを設置したり、障害を持つ人が使いやすい部屋を設けたりしたのだが、工事完了検査をパスしたらたちまちのうちにそれらを撤去し、営業を始めているというのである。

 なんとも哀れな話である。

 ホテル側の話によると、偽造したのは「利用する人は少ないので、業務用スペースを広げる方がいい」との判断だったという。

 私は体に障害を持つ車椅子利用者である。春になるとテレビでは旅番組が多くなり、芸能人が温泉や料理を堪能している場面がよく流される。私はその番組を見るとき部屋の構造、玄関の階段の有無、風呂の浴槽の高さなど番組の末端ともいえる部分に注目せざるを得ない。そして、ほとんどの場合、その番組は私には無用だったと見終わって思う。宿泊するにたる設備を持っていないことが多いからである。

 ホテル側の言うように利用者が少ないのは事実であろう。それはこのホテルのように設備をカットして、障害を持つ人が気安く旅に出る環境を整えないからである。どこに行っても安心して宿泊できる環境が用意されれば私達も出たくて仕方ないのだ。

 利益追求を第一とし、社会における公共の役割を忘れる企業が多いのは単にホテルだけの責任ではなく、強者中心の政治の責任がより大きい気もする。

 以上の意見を朝日新聞声欄に投稿した。さて、採用されるや否や。

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2006年1月22日 (日)

中風の男と四人の人

礼拝の司会の日だった。「イエスによる癒しと信仰」という題でマルコによる福音書2章一節からの中風の男の癒しの記事を用いて飯野牧師は豊かな説教をしてくださった。
中風の男を四人の人がイエスの前に連れてくると群衆がいっぱいで近づけない。そこで四人は屋根をはがして男をイエスの前につり降ろしたのだ。するとイエスは四人の信仰を見て、中風の男を癒したという話である。わたしは「福音と世界」2月号にこの記事を持ちて論文を書いたので興味を持って説教を聴いた
先生は信仰とは神様への信頼だとまずおっしゃった。個人の所有(否所有性)ではなく、神様から頂くものなのである。そして単独で獲得するものでなくて、関係性の中にあると言われた(共同性)。人と人の関係の中にあるというのだ。
また、群集が先に着いて、四人は男を連れていたから遅れることになってしまったが、ここに神の国の不思議があるという。人間の社会では否定されることが肯定される不思議である。後のものが先になり、先のものが後になる。
さらに癒しの意味についても教えてくださった。もともとは癒しとは手を当てる、奉仕する、苦しみを共にするということだという。
このように理解すると四人は所有する信仰を認められたのではなくて、その行為、関係性、共同性を肯定されたことになる。
多くの示唆に富むよい説教だった。

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2006年1月18日 (水)

日帰り温泉

群大病院へ行く。しばらくぶりのCT検査である。特に気になることはないのだが肺の検査とあわせて肝臓の状態を診てもらうことにしたのだ。

造影剤を入れられると体が熱くなる。これは何度も経験しているにもかかわらず不安である。検査後血液検査を済ませて帰る。

帰途、「ばんどうの湯」に寄る。高い場所にあるので谷川岳の雪山がきれいに見えていた。風呂は先日テレビで紹介されたためかどうかいつもより混んでいた。

天気がよかったので日の光を浴びながら湯船につかることができた。

家にばかりいないで時にはこうして外に出ることをしなくてはならない。しかし、動作が不自由になってきていることを改めて知らされる。今日も入浴前後の動作が遅く、思い通りにならないことを実感させられた。特に、床から立ち上がるのことがなんともきつい。

うれしかったことを一つ。かつて在職した学校のTさんが「こころの便り」を読んで感想を送ってくださった。Tさんは事務室におられ、わたしが肝臓の治療を終えて遅れて学校に行くといつも励ましの言葉をかけてくれた人である。今でもこうして時々便りをくださる。うれしくなって電話をしてお声に接した。

その後で、今度はK先生に電話に出てもらい、最近また「フレネ教育研究会」に出席していることを伺った。昔の仲間がよい教育実践グループに属してがんばっている。これもうれしいことである。

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2006年1月16日 (月)

冬散歩

冬散歩垣根に沿へば安きあり

ふぐり見せ往く手さえぎる犬の春

 今日は比較的暖かだった。一日に一度くらいは外に出なければと思い、駐車場から東の道に回った。

 最近は転ぶことに恐れを持つ。簡単に立ち上がれなくなったからだ。そのために歩くにも垣根近くを歩くことにしている。ここなら転んでもつかまって立ち上がれるかもしれない。

 今日もそうしてほんの十数メートル歩いた。畑には緑が全くない。松の下に一個松ぼっくりが転がっているのみだった。

 帰ってきてスロープを上っているとライアンが寝ている。近づくと後足を大きく広げ、体を反転する。おなかから太ももあたりをなでて欲しいのだ。素通りもできないので、松葉杖の先で優しく愛撫してやる。ライアンは目を閉じて動かない。ふぐりの周りの白い毛が光っていた。

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2006年1月12日 (木)

蝋梅の花

蝋梅や冷たき汝が身哀れなり

 蝋梅が冬の陽を浴びて、透き通る花を開いている。黄色の花弁が蝋細工のように見える。近づいて顔を寄せると枝枝の間にはかぐわしい香りが漂っていた。思わず手を伸べて触る。驚くことに花はどれも冷たい。蝋梅はその冷たさに耐えて花を開いているのだ。

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2006年1月10日 (火)

正月の病室

孫も居て二日の病室恩師笑む

賀状から昔の教室浮かびけり

目を付けて賀状読む妻拡大鏡         

 H先生が入院している。部屋を訪ねると奥様と娘さんそれにお孫さんがおられた。わたしに気づくと驚いた様子で、いつもの優しい目が大きく見開かれた。

 先生はベッドに座って目を下にすえながら落ち着いて静かに病状をお話くださった。もうじき退院できるそうだ。

 先生らしく病院への不満やご自分の体に対する不安などは全く口にされず、わたしが書く文章をほめてくださっているうちに面会の時間は過ぎていった。傍では和子が奥様と親しく、朗らかに話す声が続いていた。

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2006年1月 9日 (月)

妻、68歳

004  和子68歳の誕生日。感謝。

 和子は最近はよく失敗をする。数日前は、自分の腰の位置よりも低いところにある書類ケースに額を当てた。まだ痛みがあると言う。続く金曜日にはハルちゃんを前橋総合運動公園に迎えに行って夕暮れの階段で転んだ。

 食卓の醤油つぼをひっくり返すことは度々だ。今朝は玉子焼きを作るのに砂糖と塩を入れ間違えてしまった。

 こんな具合の日々だが、でも働くのは相変わらず人一倍である。買い物、戸締り、風呂や電気器具の管理、食事の用意、そのうえ、犬の世話まで一人でがんばっている。息子たちの生活にまで愚痴を言いつつあれこれ手を出して世話を焼いている。

 外の仕事には生協のことや教会の掃除がある。また、わたしの身の回りの世話、外出時の同伴、これも和子の仕事だ。

 もうそろそろ3年になる肺がんの手術、この予後も見守らねばならない。そのうえ、膝の痛み、夕方には背中の痛み、耳鳴りも加わってきているこのごろである。

 だが、彼女は弱音を吐かない。母親仕込みの強い根性で、あらゆることを仕切っているのだ。

 この人と一緒に生活していると、朝の食事の祈りで、一緒に新しい朝を迎えられたことをわたしはおのずと神に感謝せずにはおられなのである。

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2006年1月 7日 (土)

掃除当番

 今朝も寒い。雪で冷やされた風が赤城山を越えて容赦なく吹いている。その中、教会へ和子と出かけた。途中で成田さんを車に乗せた。

 月に一度の掃除当番である。若い人が少ないから年を取った者も奉仕しなければならない。成田さんは78歳である。足を引きずりながら歩いておられる。

 先生が加わってくださって3人で礼拝堂、集会室、トイレなどに掃除機をつかい、テーブルを拭き、モップをかける。

 わたしは運転役しかできない。掃除の間は窓際で日向ぼっこをしながら、教会が幼稚園を持っていた時代に買った童話の本「はじめてのまっしろパンツ」を読んでいた。

 終わって成田さんが持参した金沢のお菓子をいただきながらお茶を飲んだ。

 一時間ほどして、帰る。

 外は相変わらず寒かったが、空は抜けるように青かった。

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