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2005年12月

2005年12月30日 (金)

寒雀

 一すじに糞光りけり寒雀

 穏やかな年の暮れ。炬燵に当たって外を見ると、逆光の朝日を浴びて蝋梅の木に沢山つぼみがついている。

 雀たちがいる。またやって来た。そしてすぐに飛び立つ。

 寒そうに体を膨らませて枝に休んでいるものもいる。

 あ、雀のお尻から白く光る小さなものが落ちた。

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2005年12月27日 (火)

交わり

 先月末の韓国旅行からもう1ヶ月が経つ。旅行の後のいろいろの処理や原稿の執筆で忙しい1カ月であった。その忙しさの時々にわたしの所には多くの友からたくさんの本や通信が届いている。

 それを一覧してみると以下のようである。

1、恵村金学洙展(韓国の歴史を精密な筆致で描いた美しい図版集。著者から)

2、恵村金学洙聖画展(創世記からイエスの磔刑に至るまでの絵画および韓国キリスト教歴史画。著者から)

3、両足に義足を付けてがんばっている「天才」少年の物語(著者である、この少年のお母さんからいただいた韓国語の本。題名読めず)

4、島崎光正兄を語る(島崎光正氏召天5周年に際して橋本洽二兄が過去に綴ったり語ったものを集めて出版したもの)

5、信濃教育第1428号(「特集ふるさと信州の歌」と題して編集されているこの雑誌の巻頭に島崎光正氏の合唱組曲アルプス賛歌「われ山に向かいで」の詩が掲載されている。キヌコ夫人が島崎氏に関する記事が載っているページにわざわざ付箋を付けて届けて下さった)

6、むさしの(石田郁子姉が代表者となっている「むさしの5行歌会」3周年記念作品集)

7、共助(橋本兄が編集を担当しているキリスト教雑誌)

8、ばんび小屋だよりNO73(整肢療護園同窓会会報)

9、カナンの園NO87(社会福祉法人カナンの園会報)

10、せせらぎ第147号(国立身体障害者リハビリテーションセンター聖書の集い、せせらぎ会会報)

11、なぐさめ第111号(身体障害者キリスト教伝道協力会会報)

12、共に歩む(障碍を負う人々・子ども達と「共に歩む」ネットワーク会報)

13、酒枝義旗先生 「聖書講義と講演」(佐藤陽二記 アンカークロス出版)

14、木槿通信(金纓先生の個人通信)

15、シャローム(東中国キリスト者障害を共に学び共に担う会会報)

16、俳句雑誌「道」Vol469(この雑誌にわたしは毎月5句出している)

 実はここに書き落としているものがまだあるかもしれないのだが、わたしはこうして日々届けられる書籍や会報を通していろいろの人の生きざまに接し、その人々と交わって生かされている。

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2005年12月26日 (月)

クリスマス

 昨日はクリスマス礼拝が喜びのうちに与えられた。88歳になられて普段は礼拝にお見えになれない末光さんも早いうちに教会に到着されていた。

 イエス・キリストが貧しい人々の所にこられたことを飯野牧師は語ってくださった。イエスの誕生を祝う賛美歌が何度も歌われて礼拝は感謝のうちに終わった。

 今年はイヴ礼拝にも出席することができ、クリスマスの恵みを豊かに身に受けたのであった。

 夜の外出はここのところあまりしたことがなかったせいか2日続きの教会出席で昨晩は大変疲れを覚えた。ゆっくりゆっくりとことを進めなくてはいけない身になっているのであろう。

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2005年12月22日 (木)

冬の日

hana   冬の日やメールチェックで始まりぬ

 待降節壁のカードに孫笑顔

 降誕祭異国の友にメール書く

 雪国に雪国のクリスマス来たりませ

 今日もメールチェックで一日が始まった。外はひどい風である。空は石灰色に染まっている。でも、こうして日記を書くわたしの書斎は静かで暖かだ。

 韓国のお世話になった方々にクリスマスカードをメールで送った。英文はもうしばらく書いていないので簡単な文章にも自信がない。クリスマスのお祝いと新年の挨拶、それに、先日ソウルで素敵な時をありがとうございますと書いた。

 最後に障害を持つすべての子どもに神の恵みのありますように、私たちが神様の御用に用いられますようにと書き足した。

 居間の壁には届いたクリスマスカードを留めている。学校から帰ったハルちゃんが、ワーきれい、と喜んでいる。

 年賀状も郵便局に届けたし、新教出版から依頼された雑誌原稿も書き終えた。この年末は昨年のような入院騒ぎもなくなんとか静かに過ごせそうで、本当にありがたい。

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2005年12月16日 (金)

ドキドキ体験

 朝食をとっているとNHKから電話がかかってきた。9時40分過ぎに番組内でお電話をしますがいらっしゃいますか、とのこと。

 先日こうりゅう広場に紹介した文章を「わくわくラジオ」に送ったのだ。これを番組で取り上げるということらしい。

 録音の用意をあわてて済ませて待っていると、10時近くになって電話が鳴った。和子はアナウンサーの質問に無難に答えて3分ほどで出演終了。話は羽田に行く途中で東京湾に上る美しい朝日を見られたこと、韓国に行って多くの人に私が助けられたこと、これが私のわくわく体験です、というものだった。私が全国キリスト教障害者団体協議会の会長をしていること、「喜びのいのち」という出生前診断に関する本が韓国で翻訳されたことなども流された。

 ちょっとした緊張感から解放されて、私たちは藤岡市まで買い物に出た。

 帰ると留守電が入っていた。。「ラジオ、聞きました。翻訳本が出てよかったですね」。米子市に住む、目の不自由な友人からだった。

 和子は今日よいメッセンジャーの役を果たしたな。

 

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2005年12月13日 (火)

わくわく旅行

 11月25日から27日まで主人と二人で韓国に旅行してきました。午前4時55分に上信自動車道藤岡インターチェンジを出て高速道路で羽田まで2時間ちょっと。
 生まれ育った東京を離れて8年、久しぶりに東京湾の美しい日の出を見ることができました。これが今回の旅の第一のわくわくでした。

 韓国旅行はこれで2度目。前回は団体でしたのでついていくだけでしたが、今回は個人行動。障害のある主人はバスの乗り降り、空港での手続きなどそれはそれは多くの人の手を借りました。

 国内線ターミナルから国際線への移動はバスを利用しますが、入り口のスロープがあまり使われないらしく運転手さんが一生懸命操作しても動かず、とうとう乗客の皆さんが車椅子を持ち上げて乗せてくださいました。降りるときも然り。

 さて、旅の目的は「喜びのいのち」韓国語版の出版記念会への出席でした。主人は今、全国キリスト教障害者団体協議会の会長をしていますが、この会で出版した本をあちらでぜひ出版したいとの医療関係者の要望があり、それが実現したのでお祝いの会に招かれたのです。

 出生前診断が問題になっている昨今、皆さんに読んでいただきたい本です。祝賀会はセイブ・ザ・チルドレンというNGOの団体が主催してくださり、約160人の方が集まり大変賑やかな会となりました。

 金浦空港に降り立った時から帰りの空港まで日本に留学されたことのある大学教授の方が全部わたしたちの世話をしてくださいましたが、ソウル市内の見学でもたくさんの人の親切に接し、感動しました。初めて接するわたしたちなのに階段の上り下りなど気軽に手を差し伸べてくださいました。
 こうして第2のわくわくを2泊3日の旅を通して実感してきた次第です。(和子)

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2005年12月11日 (日)

聞き手の自由さ

 わたしの昼休みは正午過ぎから2時ごろまでである。この時間に二人で食事をとる。ラーメンだったり、チャーハンだったり、妻が買い物の帰りに求めてきたお寿司だったりする。最後にはいろいろの果物が入ったヨーグルトが出るのが昼の定番である。

 昼食はテレビを見ながらとっている。たいていはNHKの「スタジオパークから今日は」を見るのだが、出演者があまりなじみのない若者だったりすると、黒柳徹子さんの「徹子の部屋」に変えることもある。

 先日NHKのこの番組に三国連太郎が出演していた。長い芸能活動を通じて養われた彼の味があちこちに漂い、面白かった。

 三国は自分の歴史を語る中で、ふと今の時代が先の戦争の始まる前のそれにどこか似てきていると言った。彼はもう80歳を過ぎているから、時代が戦争に向かっていたころのことを知っているのだろう。彼はそう言いながらどこか不安げな表情も見せたのだった。

 わたしは今の時代を彼がどう見ているのかもっと知りたいと思った。渡邉あゆみアナが三国の話について行って欲しいと願った。しかし、彼女は用意された展開順序の通りに話を進めてしまい、三国が言い出した話題はそれでおしまいになってしまった。わたしは黒柳さんならもう少しフリーになって相手のことに興味を示してくれたかもしれないとも思った。

 新米教師は自分の教案どうりに授業を進める。しかし、これでは生徒はやがて授業に興味をなくし、先生の話を聞かなくなる。NHKと渡邉アナはこのことに気づいて欲しいものだ。

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