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2005年10月 6日 (木)

我が家の小鳥

 学校にいるころ英語の教科書で「わがままな巨人」という小さな物語を読んだことがある。簡単な英語だったので生徒にも暗記してごらん、と言ってお互い教科書なしで英語を楽しんだものだ。

 これは一人の大男の住む家の庭に小鳥が春になるといっぱいやってきて賑やかにさえずる情景から書き出していたと記憶する。

 ところがこの男はわがままで、また子供嫌いだった。家には大きな庭があるのだが、子供達が遊びに来て、賑やかに楽しんでいると、その声がうるさくてたまらず、男は子供たちを追い出してしまうというありさまだった。すると、歳が明けてもこの大男の庭には春が訪れず、花も咲かないばかりか、小鳥も来なくなってしまった、多分こんな話だったかもしれない。

 この話をふと今朝私が思い出したのにはきっかけがある。階段を元気に駆け下りる足音を私は今朝も聞いたのだ。

 私は朝が遅い。目を覚ますのが7時前である。ぼんやりしていると、毎朝トントントンと遠くの階段を駆け下りる元気な足音を耳にする。保育園に行く孫の光ちゃんの音である。時には廊下で跳ねる縄跳びの音まで加わることもあるのだ。

 私の沈滞した心はこの音で開かれる。朝の明るい、新鮮な空気が家中に広がっていくようだ。

 私の世界に活気をもたらすのは孫の足音なのである。一緒に住むといろいろなことが生じるが、でも子供たちを追い払うわがままを持たない人でありたい、私の心の庭にいつも賑やかな子供を迎えられる日々でありたいと、そう思う。

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