« 2005年9月 | トップページ | 2005年11月 »

2005年10月

2005年10月29日 (土)

今日の一句

 帰宅して子ら微笑ぬ炬燵あり

 急に寒くなった。居間の畳で新聞を広げていても落ち着かない。足元が冷え冷えしているのだ。外に出て日差しを浴びる。隣にある畑で隅のトランペットフラワーが大きな花を下に向けて黄色く咲いている。

 秋の日はすぐに雲に隠れる。わたしも誰と言葉を交わすでもなくまた家に入る。

 妻に言ってこたつを出すことにした。スイッチを入れると少し間ほこりのこげるにおいがする。やがて足元が暖かくなった。いい気持ちである。

 職場や学校、保育園から長男家族がそろって帰ってきた。孫たちはこたつを見つけるとかばんを放り出し、もぐりこんだ。一歩遅れてドアを開けた息子も「こたつか」と言って微笑んだ。

 晩秋の夕暮れである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月23日 (日)

祈り

 礼拝司会の祈り 

 主なる神様。

 この一週間、心弱く、信仰薄い私たちをあなたは一日、一日支え、導いてくださいました。感謝いたします。

 神様、今日の聖日、私たちは再び、主の家に集められ、あなたを賛美しようとしています。

 どうぞ心を高く上げて賛美の声を響かせることができますように。

 私たちは信仰を告白しようとしています。その告白を真実のものとしてくださいますように。

 私たちは御声を聞こうとしております。特に今朝は大嶋姉を通して御言葉をいただきます。

 どうぞ、この場にあなたが臨みたもうて、語る者を励まし、聞く私たちの心を開いてくださいますように。

 神様、私たちの世界は多くの苦しみで満ちています。地震や台風で今なお多くの方が苦難の日々を送っています。

 争いの中で希望の見えない毎日を過ごしている人々が世界に広がっています。

 しかし、神様、あなたはこの苦しみはやがて終わり、あなたの国が到来することを約束しておられます。

 どうぞこの約束を信じて毎日を祈りのうちに過ごせますように。

 この祝された礼拝に集うことのできない友を慰めてください。特に病床にある兄弟姉妹を訪ねて、御言葉をお届けください。

 これらの祈りと感謝、イエス・キリストのお名前によって御前に捧げます。 アーメン

|

2005年10月20日 (木)

今日の一句

04091212  キチキチと自己主張して飛蝗飛ぶ

 礼拝堂毛虫はい来る秋日和

 秋の日や散歩して知る主の恵み

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月19日 (水)

「喜びのいのち」韓国語版の出版

corea  「喜びのいのち」韓国語版が出版された。この本は日本では2000年に新教出版社から出ている。全国キリスト教障害者団体協議会の編集によるものでる。

 本書が編まれたのは「生命科学の浮上と共に、いわゆる先端医療技術といわれるもののわれわれの予想をこえた進捗状況に伴ない、特に特定の障害児は胎児の段階より選別されると聞くに及び、危機的な状況を障害者の立場において、またキリスト者の立場において感じ取ったがゆえに他ならない。」(本書解説より)からであった。

 そして第一部で生命倫理と聖書が示す命についての講演を収録し、第二部においては障害を持って生きることの喜びを手記を中心にまとめて出版されたのだった。

 この本が韓国の同じ課題を持つ医師たちが立ち上げた「韓国先天性奇形フォーラム」の目に留まるところとなり、困難を潜り抜けてようやく出版のはこびとなったのだった。

 科学の進歩がとかく人道的とか不幸な人を救うという名目のもとに社会で歓迎されているとき、神の用意された人の命がその「科学の進歩」によって人間的に操作されないように、本書が韓国においても、またわが国においてもよいはたらきをしてくれることを祈らずにはいられない。、

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月16日 (日)

恩師との出会い

nagai1  足利東教会の礼拝に出席した。高い天井の明るい礼拝堂でゆったりと礼拝を捧げることができた。

 この教会での礼拝は長い間の願いであった。高校時代の恩師がいるからである。私が浪人をしている時に数学の問題の解き方を手紙で教えてくださったり、進路選択への貴重なご指示をくださったりして私には忘れられない方なのである。

 停年になって足利にお帰りになり今はお一人で生活しておられる。奥様を数年前に天に送り一人になってしまったのだ。先生は80歳を少し過ぎたとおっしゃっていたが、学校で教えていただいたころよりもお太りになっていた。毎日400メートル泳ぐのだとおっしゃる。

 礼拝を終わり、先生は足利学校へ案内してくださった。教会から自転車に乗り先導して、先生の知人の駐車場に私を導き、その足で足利学校の構内でも足早に回っておられた。

 先生のご自宅は足利学校の道を挟んで反対側にあった。先生は佐伯祐三が描く絵のような、蔦が2階まで生い茂り、色の付いたドアのある家に新聞紙や空き缶などをいっぱい溜め込んで、布団の敷いたままの部屋に私を入れてくれた。そして、寺院や塔、それに山河の版画をどこからかかかえるように持ち出して見せた。版画が先生の生きがいのように思えた。一枚の版画を納得いくまで刷るからその数は膨大なものになる。わたしはそれをめくりながら10枚ほどの作品を頂いた。

 雨模様の空だったので私は帰りを急いだ。先生は「車に乗るのは早くやめたほうがいいよ」と優しい目に笑みを浮かべながら見送ってくださった。「乗せてもらうようになりなさい」。

 屈託のない先生の言葉をかみ締めながら家までの40キロほどの道を私は車を走らせた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月14日 (金)

今日の一句

飛行機を探して蜻蛉飛ぶを見ゆ

文来る音の聞こえる秋の午後

| | コメント (0) | トラックバック (0)

自分しかいないさ

 手押し車をおしておじさんが一日に一度は横の道を通る。わたしより歳を重ねた方である。歩くのが不自由で、歩幅も小さく、チョコチョコと足を出して、真剣に歩いていく。以前はステッキを突いていたが最近は買い物を入れるバッグが付いた車を押している。

 おじさんは一人暮らしらしい。だから毎日日用品を自分で用意しなくてはならないのだ。家内はこのおじさんに会うと必ず「おじさん、元気?」と挨拶をするから、もう顔なじみである。

 午後わたしはパソコンに疲れて外に出た。そこにおじさんがやって来た。「今度カインズホームが近くにできて便利になりましたね」と家内が話しかけると「そうだね」と立ち止まり、背を伸ばして応えてくれた。

 「デーサービスは行ってないの」また妻が聞く。「行ってたけどS会(宗教団体)が入ってきてめちゃくちゃさ。もう、あそこは行かない」おじさんは怒ったようにこう答えた。

 「俺たちには神様も仏様もないよ。あるのはこの俺だけだ」おじさんは怒ったように言った。そして、今は週に一度別の施設のデーサービスを受けている、風呂に入って、ご飯を一食食べさせてもらうの楽しみだと話してくれた。

 少しして、おじさんは「じゃ、行ってきます」と言い、古いトレパンを引きずるようにして遠ざかって行った。

| | コメント (0)

2005年10月 8日 (土)

今日の一句

ブロッコリー蝶に遊び場提供し

| | コメント (0)

2005年10月 7日 (金)

今日の言葉

実存哲学者ハイディッガーは、人間は「死へと向かう存在である」と言った。

しかし、イエスを<よみがえ>と信じる者にとって、人間は「永遠のいのちへと向かう存在」である。

                  ・・・・・・「新聖書注解1」 いのちのことば社刊より・・・

| | コメント (0)

避難できない人々

 友からメールをいただいた。思いがけないものだった。この友は夏の集中豪雨で、床上浸水50cmの被害を受けたのである。そして、こう言っておられる。

 この度の事で強く感じたのは、障害者が避難する場所が無いという事でした。たとえ何処かに避難しても生活が出来ないのです。私は自分の家の二階に避難?しただけでした凡てお手上げでした。
 障害者のADLが守られる避難所なんて恐らく無いと思うので心細い限りです。

 そのとおりだと思う。わたしの住む場所も万一の場合避難場所は近くの小学校だろうが、そこに行っても体育館には段差があって入れないし、トイレも車椅子では使えない。         

 いやそれ以前に平坦な床では身動きできない車椅子生活者にあのだだっ広い体育館でどうやって過ごせというのだろう。

 弱さをかかえる者が安心できる社会を行政は真剣に考えなければならない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月 6日 (木)

我が家の小鳥

 学校にいるころ英語の教科書で「わがままな巨人」という小さな物語を読んだことがある。簡単な英語だったので生徒にも暗記してごらん、と言ってお互い教科書なしで英語を楽しんだものだ。

 これは一人の大男の住む家の庭に小鳥が春になるといっぱいやってきて賑やかにさえずる情景から書き出していたと記憶する。

 ところがこの男はわがままで、また子供嫌いだった。家には大きな庭があるのだが、子供達が遊びに来て、賑やかに楽しんでいると、その声がうるさくてたまらず、男は子供たちを追い出してしまうというありさまだった。すると、歳が明けてもこの大男の庭には春が訪れず、花も咲かないばかりか、小鳥も来なくなってしまった、多分こんな話だったかもしれない。

 この話をふと今朝私が思い出したのにはきっかけがある。階段を元気に駆け下りる足音を私は今朝も聞いたのだ。

 私は朝が遅い。目を覚ますのが7時前である。ぼんやりしていると、毎朝トントントンと遠くの階段を駆け下りる元気な足音を耳にする。保育園に行く孫の光ちゃんの音である。時には廊下で跳ねる縄跳びの音まで加わることもあるのだ。

 私の沈滞した心はこの音で開かれる。朝の明るい、新鮮な空気が家中に広がっていくようだ。

 私の世界に活気をもたらすのは孫の足音なのである。一緒に住むといろいろなことが生じるが、でも子供たちを追い払うわがままを持たない人でありたい、私の心の庭にいつも賑やかな子供を迎えられる日々でありたいと、そう思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月 4日 (火)

今日の一句

 昨日より香りの重し金木犀

| | コメント (0) | トラックバック (0)

俳句の喜び

 駐車場西瓜運びに助け呼ぶ  渋沢悠歩

 私は「道俳句会」に所属している。ここでは毎月「道」という俳句雑誌を出して会員の俳句を掲載してくれる。

 25日がその締め切り日なのだが私はなかなか句ができず、いつも締め切り間際になってやっとひねり出すという始末である。

 そんな私なのだが、今日届いた10月号を見るとなんと主宰が上掲の句を選んでくれているではないか。毎月何百という俳句が届けられるであろうにこうして主宰の目に止まるとは幸運としか言いようがない。

 主宰の源鬼彦氏はこう講評してくださっている。

「どこかの駐車場での、夏の日のひと齣を詠う。ここで“夏の日”としたのは、<西瓜>は秋の季語に分類されているから、実際には夏のものとの判断からである。

 いずれにしても、<助け呼ぶ>となると「これは大変だ」と思うのだが、<西瓜運びに>ということであれば様子は一変する。この駐車場は農家の直売所の一角にあるそれか。『おーい、この西瓜運んでくれよー』とでも叫んでいるようだ。ほほえましい。」

 俳句の面白さは句会を開いて思い思いに言いたい放題言い合うことである。ところが雑誌ではそれは無理な話である。そんな時にこうして誰かに鑑賞していただくということは本当に嬉しいことである。

 ところで、これはこの夏姉が西瓜を持ってきてくれたときの様子を詠んだものなのである。姉ももう年であるから重い西瓜はそう簡単に持ち運べないのだ。玄関わきの駐車場で妻を呼んだときにできた句がこれだという訳である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月 3日 (月)

秋の日

 どこからか電車の音や稲黄金

 三両の電車のろのろ稲田往く

 今日は妻の定期健診で病院に行った。稲がすっかり黄ばみ、秋の日に輝いていた。榛名山も妙義山も遠くに青くその影を横たえていた。

 妻が肺がんの手術をしてから二年半が過ぎている。あの時は春まだ浅く、通院の道には時折みぞれが降っていた。

 春浅し癌と言はれし妻とゐる

 春炬燵はたらき者の妻病みぬ

 二人してこの春耐えよう主に在りて

 

今日は帰り道、おいしいお蕎麦をいただいたのだが、この幸せをどうか長く許し給えと祈らずにはいられない。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年10月 1日 (土)

今日の句

捕虫網立てかけたまま秋の風

残る蚊の遠慮して刺す痒さかな

| | コメント (0)

保育園の運動会見物

 光ちゃんの保育園最後の運動会に行ってきた。運良く車椅子のための駐車場所が空いていた。

 着いたときにはもう光ちゃんの徒競走は終わっていて見られなかったのだが、大玉ころがし、お遊戯、紅白玉入れ、それに鼓笛隊のプログラムで、光ちゃんの姿を探しながら明るい体育館の空気を楽しむことができた。お遊戯が終わって退場のとき、私の姿を見つけた光ちゃんは手を振って応えてくれた。

 皆同じ体操着を着て、子どもたちは保母さんの指示のままに飛び跳ねていた。でも、その中には列に遅れる子ども、玉入れの輪からはずれて、一人立ち止まっている子もあった。観客席のご両親はどんな気持ちでこのお子さんを見つめていたのだろう。

 いや、よく見れば子どもたちは一人一人皆それぞれの動きをしているのだ。あの列に入れない子どももその一人として大事に育っていって欲しい、そんなことを願いながら私は賑やかな空気の中に座っていた。

| | コメント (0)

« 2005年9月 | トップページ | 2005年11月 »